第46話 〜お兄ちゃんは詰め寄るようです〜

 それではまず、今の状況を整理しよう。


 今、この街を取り囲む結界……『対魔晶結界』は、何らかの理由で一部の機能を失っている。

 それは少なくとも昨日……。俺たちがこの街に入った時には既に失われ、魔獣が入り込んでいた事になる。

 最初に現れた魔獣の数を考えれば、昨日や今日だけではない。下手したら、数日前から少しずつ入り込んでいたのかもしれない。

 さらに、突然現れた道化師。可能性的に、あの道化師が手引きをし、一斉に魔獣を凶暴化させたのは間違いない。


(もし、全て俺のこの予想の通りで、街中のあちこちに魔獣が潜伏し、姿を現したのなら……。警備兵などの対応が遅れていることにも、ある種では納得がいくな)


「あの道化師もだが……結界の方も何とかしないと、だよな?」


 俺は、確認するようにロキを見る。ロキは頷き、地面に円を書く。俺には読めないが、文字らしきものも書いているあたり、現状の確認と整理をしているのだろう。


「あぁ。もし『対魔晶結界』に何かしらの不備が起きているなら……。街の中の魔獣を倒したとしても、結界の『』からまた、あの道化師ヤローに新たな魔獣を呼び出されるかもしれない」


 結界の『穴』……つまり、その欠落した部分をどうにかしなければ、ロキの言うように、あの道化師に再び魔獣を召喚される可能性がある。

 警備兵の対応が、未だに追いついていない……。しかも、これが各地で起きており、兵の数も体制も分散された状態なら……。遅かれ早かれ、数で押されて潰れるだろう。

 そして、何故か道化師に目をつけられて狙われている俺たちは、増援もままならず、このまま持久戦に持ってかれれば完全に不利だ。


「問題はその『穴』が何処か、だよな……。今からその、『対魔晶結界』ってのを全て調べるのはどうだ?」


 俺の意見に、ロキは首を横に振る。


「無茶言うな。この街がどれだけ広いと思ってるんだ。僕たちが手分けしたって、たった一つ機能していないものを探すなんて、半日はかかるぞ!」

「だよな……あークソ、詰みゲーかよ……!」


 俺は頭を抱える。どう考えても、数も戦力も足りない。しかも、妹はこの状態だ。せっかく助かったのに、新たな問題が立ち塞がる。

 これがゲームなら、負けイベなのだろうが……これは現実リアルだ。負けたら即ゲームオーバー……、つまり死だ。


「何とかして、この状況を打開する方法は無いか……!?」


 親指の爪を噛みながら貧乏揺すりをしていれば、セージが「あのー……」と申し訳程度に手を上げる。


「どうしたセージ? 何かこの状況を打破するような、いい案でも浮かんだのか?」

「いえ、案というほどではないのですが……。ロキはからこういう場合に備えて、何か良いものを渡されていないのかな、と」


……?)


「どの方かは知らないが……ロキ、何かあるのか?」

「………………」


 無言のロキを見れば、あからさまに嫌な顔をしている。あ、これ絶対何か持ってるな。


「なぁ、ロキ……。お前の事情はよく分からないが、なんかあるんだな?」

「ね、ねぇーよ……。ババァから渡されたものなんて、なんにも、これっぽっちも……」

「あるんだな?」


 俺たちから必死に目を逸らそうとするあたり、これは確定だな。


「あるんだな? あるんだよな? 時間もないんだ、さっさと出すもんだせ」

「〜〜っ!」


 どこかのチンピラ風に詰めよれば、助けを求めるようにセージを見る。セージも、そんなロキをどこか哀れんでいるようだが、無慈悲にも首を横に振った。


「ロキ……気持ちは分かるけど、今は非常事態だし……お願いします」


 まるで捨てられた子犬のような眼差しで見つめられ、ロキは俺とセージを交互に見ては、観念したように頭を掻く。


「あーもー! クソっ!」


 ロキは半ばヤケクソに、バッグに手を入れる。そして「ババァから渡されてんのは、これで全部だよ!!」と、荒々しく渡された。


 ロキが取り出したのは、ビー玉サイズの小さな玉。それと数枚の描かれた模様の違う札と、その札のついた飛び具が幾つか。


「これは?」

「『魔法道具マジックアイテム』というものです。この世界は、魔法が主ですから。魔力を込めたものをこうして道具にして、魔力のない人でも日常的に簡単に扱えるように作られてるんです」

「えーっと、つまり。発光石や、ロキの持ってるその魔法の鞄みたいなものか?」

「はい。ですがロキの持ってる魔法鞄マジック・バックは、かなり貴重なものなので……。その分、発光石やこれらの道具は手頃に手に入れられて、今では生活には欠かせないものです」

「つまり、これも日用品や補助アイテム的なものか」


 念の為に、ロキに使い方や用途の確認をする。

 小さな玉は、対魔物用の痺れ薬を仕込んだ煙幕。

 札は、模様によって貼ったモノの強度を上げたり。または、一時的に攻撃を防いだり閉じ込めたりする……所謂、結界を張るものらしい。


「マジで、補助やお助けアイテムだな。ちなみに、これは俺でも使えたりする?」


 確認するように、セージを見る。


「魔力のない普通の方でも扱えるので、たぶんヤヒロさんでも大丈夫だと思います」


 それを聞いて、俺はホッと頷く。俺でも使えるなら、使い道はかなり広がる。


「まぁ、これはまだ試作段階らしいが……。悔しいけど、ババァのお手製だ。そこらのモノより、ずっと使えるはずだぞ」


 不服そうに、口ではなんだかんだと文句を言ってるが……。


「結構、信頼してるんだな?」

「あ? 寝ぼけたこと言ってると、魔獣の群れに放り投げるぞ?」

「ソレハヤメテクダサイ」


 瞳に光が無い当たり、本気で投げ込まれそうなので、速攻で謝る。


 と、してもだ。


(ロキから出すもの出させたはいいが、攻撃手段としてはあまり使えないな。となると、防衛戦しかないか……)


 主に俺の独断と偏見によるが、セージは性格的に戦闘向きじゃなさそうだし……。やはり、ここはロキに頼るほかない。


「なぁロキ。もしもの話なんだが……、あの道化師をお前が倒せる可能性って、……あったりする?」

「お前は……。本当に無茶を言うな?」

「だから、もしもの話だってば」

「さっきの見ただろ? アイツを捕まえるのも、倒すのも難しい。そもそも、ヤツの得体がしれない限り、倒し方も分からない」


 確かに。ロキに鎖で縛られ、胸を貫かれても尚、あの道化師は生きていた。


「日もだいぶ傾いてきましたね」


 セージの言葉に空を見上げれば、真上にあった太陽も少しずつ傾いては下がってきており、建物の影もだいぶ伸びている。このまま日が暮れれば視界が悪くなるばかりか、魔獣が凶暴化してより一層の危険度が増す。


「……結界さえどうにか出来れば、これ以上は魔獣は増えないはず。それなら今街の中にいる魔獣くらいなら、僕や兵たちで、日が暮れる前にはどうにかできるはずだ」

「結界か……」


 重苦しい沈黙が流れる。ここで考えていても、時間だけが過ぎていく。

 しかしそんな中、おもむろに手を挙げる人物が一人。




「……あの、結界は僕に任せてくれませんか?」

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