第45話 〜お兄ちゃんは問いかけるようです〜

【それ】のカードから現れた魔獣に、その場の全員の表情が凍りつく。パッと数えただけでも、十数匹はいる。


「おいおい……、なんの冗談だよ……!?」


 ロキの方を、チラッと見る。両目を大きく開け、言葉を失っている。俺でも分かるほどに、ロキは絶望していた。

 それはそうだ、先程まで一人で戦っていたのだ。服も体も所々ボロボロ……その上、足でまといの俺や妹を守りながら、この数を新たに相手するとなると……ロキは体力的にどれほど持つだろうか?

 そんな俺たちを知ってか知らずか、魔獣たちは小さく唸り声を上げている。


「サァ! 終幕フィナーレといきまショウ!!」


【それ】は嬉々として両手を広げると、空を仰いで叫ぶ。まるでそれが合図のように、魔獣たちは一斉に地を蹴って俺たちに襲いかかる。


「〜〜っ! クソがぁ!!」


 ロキが半ばヤケクソのように叫んでは、魔獣に向けて鎖を飛ばす。最前に居た一匹の魔獣へと貫通するが、そのしかばねを踏み台に、魔獣が飛び上がる。ロキがかなめと察したのか、魔獣は真っ先にロキを狙った。


「しまっ……」

「うぉぉおおらっ!!」


 俺は近くに転がっていた石を咄嗟に掴んでは、魔獣の頭部へと横から殴りつける。重く鈍い感触が伝わると共に、魔獣は『キャウン!』と小さく呻き声を上げて倒れ、それをロキが取り出したナイフで、すかさず首元を切り裂きトドメを刺した。

 俺たちは肩で息をしながらも、気を抜くことが出来ない。直ぐにセージ達へ向き直れば、妹を庇うセージへと数匹の魔獣が飛びつくところだった。


「「させるかぁ!!」」


 俺は拳ほどの石畳の欠片を投げて軌道を、ロキは持ち直した鎖を飛ばし、魔獣に絡め、さらに先端の杭で仕留める。


「……お前、アホヒナよりはちゃんと投げられるんだな!」

「自慢じゃないが、俺はウチの妹様と違って、コントロールが良いもんでね!」


 伊達に幼少期からシューティングゲームやら、川で水切りやらして遊んでたわけじゃない。そのおかげか、子供の頃に遊んでたドッジボール投げも『鬼投きとうのヤヒロ』などと、異名がついたものだ。


 ……なんて、懐かしい話を思い返している場合ではなかった。


 俺は突然襟を掴まれたと思えば、ロキがしゃがみこむ。この時点でかなり苦しいのだが、ロキの足元にが集まる気配がして、嫌な予感がした。


「口開けてっと、舌噛むからな」

「ちょっ……と、待ってロ……ぎっ!?」


 ロキを中心に、石畳が何かに押し潰されたように『ミシッ!』っと、音を立てて陥没し、そのまま勢いよく地面を蹴ってセージの元へ並行に跳ぶ。


「えっ!? ちょっと待って、ロ……きゅっ!!」


 着地することなく、そのままの勢いを維持して、ロキはラリアットを食らわせるが如くセージを捕まえる。そして壁を伝って屋根から屋根へと飛び移り、魔獣から離れた場所へ逃げる。


 ちなみにこの間、俺の首は終始シャツで締まっていた。




 ▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁




 噴水広場から少し離れた路地裏に隠れながら、俺たちは息を整えていた。


「《索敵》……!」


 ロキが周囲を警戒しつつ、魔獣の気配を探る。


「……ひとまずは巻けたみてぇーだな」


 その一言に、ホッと小さく息をつく。俺は壁によりかかりつつ、ズルズルと座り込んだ。


「しかし、何なんだよあの道化師……いきなり現れたと思ったら、襲いかかってきて……。倒したと思ったら、今度はブチ切れて魔獣を大量に召喚するし」

「知るかよ、僕が聞きたいくらいだ」


 ロキに一言であしらわれ、俺は「だよなぁ〜」とため息をついて、頭を抱える。


「あの方は、一体何者なのでしょうか? ……魔獣たちも、使い魔のようには見えませんでしたし……」

「そもそもこの街を取り囲む結界がありながら、なんであんなに魔獣が入り込んでいたかも謎だ」

「門番の方や、警備の方々の対応も、遅れているみたいですし」

「平和ボケしてるにしても、遅すぎる」


 セージとロキが、深刻な顔で話をする。その話に若干ついていけない俺は、おずおずと手を挙げる。


「なぁ、質問いいか?」

「あ? なんだよ、今忙しいんだ」


 不機嫌さを隠す気などさらさらないロキが、舌打ち混じりに俺を見る。そんなに睨むなよ……。


「いや、ちょっとした疑問なんだけどさ。その結界ってのは、どのくらいの魔獣を退しりぞけるんだ?」


 俺の疑問に、ロキが眉をひそめる。そして俺にも分かりやすいようにか、少し考えて口を開く。


「そりゃだ。僕だって、特別な許可の元にこの街にいる。その結果、この街には空を飛ぶ鳥すらも、一匹だっていなかっただろ?」


 確かに良く考えれば、この街の中には鳥一匹すらいなかった。


「じゃあ使い魔やペット……動物、例えば馬とかは?」

「この街は使い魔や馬だって、かなりの手続きを踏まないと許可されない。その後も、厳しい規則や法が課せられる。それは、行商や冒険者だって同じだ」

「だからキミー様は昨日、この街には入れなかったのです」


 なるほど、キミーが入れなかった一つの理由には、その厳重な手続きとやらが関与してたのか。……まぁ手続きどうこうの前に、あのサイズじゃ目立ちすぎて無理があるが。


「ここの街の人間は、生き物を使役したり飼ったりはしないのか?」

「これだけ面倒な手続きや規則があるんだ。それは無い」


 俺は、ふと思い出す。昨日路地から俺を見ていた子犬のような生き物に、図書館の前で妹が戯れてた猫のような生き物。もしあれが飼い犬でも飼い猫でもなければ……。


 これまでの回答を元に、俺は一番の疑問を二人に投げかける。


「それじゃあこの街には野良……人に飼われていない、んだよな?」

「当たり前だろ、そんなの『対・魔晶石』や結界が破られない限り、有り得るわけ……」


 そこまで口にして、ロキはハッとした顔をする。


「……もし、その『対・魔晶石』や結界にほつれがあったら、どうなる……?」

「いや、まさか……。そんな訳ないだろ……あれはかなり強力なモノだ。そう簡単には……」


 困惑するロキの言葉を引き継ぐように、口元に手を当てたセージが口を開く。


「もし一箇所でも、魔晶石に何かしらの問題が起きたならば、この街の結界は……」


 いよいよ嫌な空気がしてきた。俺は冷や汗をかきながら、ゴクリと唾を飲み込む。




「なぁ……この状況、かなり不味いんじゃね……?」

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