第44話 〜お兄ちゃんは背負われるようです〜

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「やれた……、のか……?」


 二人を見れば、ロキもセージも、瞳を大きく開けて驚いた顔をしている。

 ハッと我に返ったロキが、妹に近づき胸元に手を当てる。そして現れた魔法陣から、オレンジがかった淡い炎へ変化させる。少しの間息を飲んで見守る俺と、祈るように手を握るセージに、ロキは脈を確かめた上で表情を少し和らげ、「あぁ……」と頷く。

 その言葉に、俺はホッと息をついて空を仰ぐ。視界の端ではセージがロキに抱きついて喜び、鬱陶しいと言わんばかりに裏拳を喰らっていた。


「よかっ、た……」


 手のひらはヒリヒリと痛み、所々皮も剥けている。そもそもあの拒絶に抗っていたために、体全体が痛む。だが俺は体の痛みよりも、目頭の熱さに耐える。


(あー色々と痛てぇ……、でもここで気を緩めたら……)


 ガチで泣きそうなので、最後まで我慢する。

 正直に言えば、さっきまでので既に涙や汗や鼻水やらで、顔はぐしゃぐしゃだ。だが俺のミジンコ並みの小さなプライドが、『キャラじゃない』と、自身の威厳と体裁のために許さなかった。セージはともかく、後でロキと妹からネタにされたら、色んな意味で死ねる。


 そんなことを考えて耐えていれば、顔を抑えるセージを引きずって近づいて来たロキが、俺を見下ろしてくる。


「とりあえずセージ。アホヒナとこの馬鹿兄貴連れて、さっさと安全なところに移動するぞ」

「いっでっ!?」


 ロキは容赦なく……いや、そこそこは加減はしてくれているのだろうが……「オラさっさと立て」と、俺の脇腹を蹴る。ロキさん、俺頑張ったんだから、少しは優しくしてくれないかな!?


 心の中でべそをかきながら、ロキに蹴られた脇腹をさすって上半身を起こせば、ロキが俺に背を向けてしゃがんだ。


「どうかしたのか?」

「……ん」

「『……ん』? どうしたロキ?」

「……ん!」

「だから何だよ……?」


 意図がわからずに戸惑う俺と、無言のロキを黙って見ていたセージが、口元を軽く隠してクスクスと笑う。セージの笑みの意味も分からず、俺はただ眉を八の字にして二人を交互に見る。そんな俺に痺れを切らしたロキは、小刻みに震えると、不機嫌そうに一際大きく「チィッ!!」っと舌打ちする。と、俺の腕をグイッと掴んで引き寄せた。


「おわっ!?」


 そのまま俺は、ロキの小さな背に背負われる。


「ちんたら歩かれても困るからな。しょうがなくって言ってんだから、さっさとしろよな!!」


(言葉や行動こそは乱暴だが……いや、まさか。しかし、つまりこれは……)


「ロキさんよぉ……、まさか俺を心配してくれてる、のか……?」

「んな……!?」


 図星だったのか、ロキは振り返っては魚のように口をパクパクと動かす。そんなやり取りを見ていたセージは、妹をそっと抱き上げながら、さらに微笑ましそうに笑う。


「ふふっ、ロキは本当に、素直じゃないんですから」

「うっせー! バカセージ!! お前は黙ってろ!!」

「あたっ!」


 ロキは照れ隠しなのだろうか、セージの横っ腹にローキックを食らわせる。セージは踏ん張ると、慌てて「ぼ、僕は今ヒナコ様を抱えているんだから! 危ないよロキ!」と反論する。そうだぞロキ、今セージさんはウチの妹様を抱えてるんだから、やめてくれ。いや、ウチの妹がいなくてもやめてやれ。


(しかしまぁ……。ぶっきら棒だが、ロキなりに俺を心配してくれている……というかこの数年間、社会の荒波に揉まれ過ぎて、中々に人の優しさに飢えてた俺からすれば……)


「ヤダ〜。お兄さん、ロキさんがイケメンすぎて、惚れちゃいそう〜」


 俺は顔を両手で隠しながら、そう漏らす。


「イケ……? なんかよく分かんねーけど、本気でキモイからやめろ」

「言葉のドストレート!!」


 やはり塩対応なロキに、『トホホ……』と内心涙を流す。と、ロキの顔を見れば、そんな俺の心の内を見透かしてなのか、嫌悪に満ちたなんとも言えぬ表情で、俺を抱えている手を緩めようとしている。すみません、調子に乗りました。頼むから落とそうとしないでくれ!!


「悪かったって、ちょっと弄りすぎた……謝るから、マジで落とそうとしないで、手を緩めないで。あと頼むからその目やめろ! 絹ごし豆腐並のお兄さんの心は、本気で傷つくからな!?」

「ギャンギャンと耳元でうるっせーな! マジで落とすぞ!!」

「誠に申し訳ございません!!」

「だからうっせーっつーの!!」


 ロキに怒鳴られた俺は、某ウサギちゃんのように口元を指でバッテンして黙る。これ以上は、本気でやられそうだ。


「それでは、イオリ様の元に向かいましょう。きっと、お二人のことを凄く心配されている事でしょうから」


 セージの言葉に、俺は苦笑いを浮かべる。心配症のウチの幼なじみ様のことだ。こんなボロボロな俺と妹を見たら、きっと泣くまではいかなくとも、お説教は間違いなしだ。


「そうだな。あーあ、なんつって弁解すっかなー……」

「素直に泣きべそかいてたって、言えばいいじゃねーかよ」

「そう言うのやめてくれますー!? 俺的にもキャラじゃなかったって、本気で思ってるんだから!?」


 ロキに歩き背負われながら、俺は考える。子供に背負われる、20代前半の成人の絵面とは……なんとシュールな事か。

 後ろにのけ反って考えれば、ロキに「おい、倒れるだろうが!」と怒られたが、知るか。もう俺は気にしないぞ。


 ふと、噴水の方に目が行く。場の勢いとはいえ、石像を破壊してしまったのだ。弁償代は一体いくらになるのだろうか? ……正直、これっぽっちも考えたくもない。


(あの変な道化師……。あとで、屯所にでも突き出さないとな……)


 気絶でもしてるのだろうか……先程から、何もしかけてこない。

 そう思って、もう一度壊れた石像の方を見る。……しかしそこには、人影が全く見当たらない。


(……あれ? アイツ、どこに消えた……?)


 嫌な予感がした。

 周りを見渡すが、どこにもいない。

 ……と、上空を何かの影が通り過ぎ、俺は反射的に見上げて叫ぶ。


「上か!!」


 俺は咄嗟に後ろへと、全体重をかける。俺が重心を変えたことでバランスを崩したロキが、俺を抱えたまま倒れる。


「……っ! 何すんだ馬鹿!」

「伏せろ!!」


 俺は起き上がろうとするロキに覆いかぶさって、地面に押し付ける。……そうすれば、ロキの首があった場所にが通り過ぎ、そのまま地面に突き刺さる。




 ――――――それは、1枚のカードだった。




「あぁ……あぁ……! アナタ方のせいで、全てが台無しデス……!!」


 憎悪混じりに発せられる、言葉の主の方へと視線を向ければ、一人の人物が立っている。

 その人物は、顔を両手で覆っては、爪を立てる。


「ワタシの計画は、完璧デシタ……ナノに……ナノにィィイイイイ!!」


【それ】は爪が食い込む程力を入れ、己の顔を引っ掻く。歯をむき出し、額には血管が浮かび上がり、その表情は怒りに満ちている。


お遊戯あそびはお終いデス……親愛なる我が主イエス・マイハートよ! ワタシのアナタへの忠誠ハ、こんなモノではありまセン……!!」


【それ】は空を仰ぎ叫ぶ。血走った眼が、正気ではないと告げている。

 そんな焦点の合わない眼で、俺たちを睨みつける。そして俺を指差して、怒気を孕んだ声で忌々しそうに呟く。


「アナタ方……いや、特にそこの黒髪のアナタ! ……アナタは遅かれ早かれ、我が主の脅威になる! ソウ、ソウデス……ソウに違いない……!」


【それ】は懐からカードの束を取り出すと、頭上に投げる。カードは地面に落ちることなく、【それ】の周りへ浮かんでいるかと思えば、絵柄から次々と魔獣が現れる。




「我が主への脅威……今のうちに、芽は摘んでおかなくてハ……!!」

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