第40話〜お兄ちゃんは遭遇したようです〜

「ド〜モ♪ ご機嫌いかがデ〜スカ?」


 被っていたシルクハットのプリムを、軽く摘んで上げる。

 厚化粧に、トランプの模様をモチーフにしたようなメイクの【それ】は、ニッコリと笑う。

 長身に、膝下程ある浅葱色の長い髪を結わずに流しており、所々白のメッシュが入っている。声や体格からして、成人男性のようだ。


「………………は?」


 突然現れた【それ】に対しての驚きと、間の抜けた口調によって呆気に取られた俺は、思わず間抜けな声を出す。

【それ】は懐からトランプを取り出し、俺の目の前にかざす。


「……っ、避けろ!!」

「ソレでは、……デス♪」


 声が聞こえたと思った瞬間、首に何かが絡まる。そして後方へとグイッと引き寄せられたかと思えば、大きな爆発音と共に砂埃が舞う。空中に浮かされた俺は、そのまま重力によって降下し、背中から地面に叩き付けられた。


「ぐえっ……!?」


 色々と色々な状況と痛みに思考が追いつかず、とりあえず首に巻きついている何かを外そうと手をかける。無機質に固く冷たい……細長い鎖は、思いのほか簡単に外れた。

 鎖の出処を調べようと軽く引っ張れば、土埃の中の人影の一人に繋がっている。人影の大きさや立ち位置から考えて、ロキが巻き付けた犯人だろう。


「おい、ロキ! いきなり首に鎖なんか巻き付けんなよ! 死ぬかと思っ……」

「ロキ! しっかりしてください……!!」

「ロキロキ、大丈夫!?」


 土埃が晴れた時、俺の目に映ったのは額と右腕から血を流した、ロキの姿だった。


「なっ……、大丈夫かお前……!?」

「うっせーな、騒ぐな……。ただのカスリ傷だ」

「ロキ! 今、回復魔法を……!」

「止めろバカセージ、これくらいほっといてもすぐ治る。……それに、お前がやると悪化するだろうが」


 そう言ってロキは目を閉じて深呼吸すると、自身の周りに淡い炎のような光を発する。次第に出血は止まり、傷口もみるみるうちに塞がっていった。それを見たセージは、ホッと胸を撫で下ろす。


「……治癒魔法か?」

「まぁそんなところだな……と、言ってもこれくらいなら自己修復でも勝手に治るんだが……。バカセージが五月蝿いから、仕方なくだ。それより……」


 ロキの視線の先を、俺は追う。丁度俺が立っていた場所から、ロキたちが居た場所の先……そこに何かに抉られたように深く、石畳で覆われた地面を切り裂くように、一本の線が真っ直ぐと伸びていた。

 もしロキが俺の首にすぐ鎖を巻いて、引き寄せていなかったら……。あのまま何も気づかずに、その場にいたら……と。想像するれば、背筋がゾッとする。今、多少首に鎖の痕が残っていようが、知らぬ間に真っ二つにされるよりは断然マシだ。


「悪いロキ……助かった……」

「フン、別に。……目の前で無駄死にされるのは、目覚めが悪いからだ」


 顔を逸らしながら、ロキは言った。口は悪いが、助けてくれたことに感謝して「そうかよ」とだけ返す。


「しかし、面倒なことになったな……」


 俺たちは空中に立つ人物を、睨みつける。

 カードを右から左。左から右へと、パラパラと音を立てて手のひらで踊らす。


「おやおや〜? 確実に、首を跳ねたと思ったのデスが……」


 わざとらしい動きで、残念そうなことを表現している。


 ふと、俺は服を引っ張られ振り返る。そこには真面目な顔をした妹が、【それ】を睨みつけていた。


「どうしたヒナ? まさか……! どこか怪我でもしたか!?」

「いや、どこも怪我してないよヒロくん……ただ」

「『ただ』……?」


 妹は【それ】を指差して、俺を見る。余程真剣な話なのだろうか。俺はゴクリと唾を飲み込んで、妹を見る。


「あれどうやって浮いてんだろ? めっちゃ気になる」

「………………、分からなくもないが妹よ……。多分それは、今じゃないと思うぞ?」


 この状況で、なんと緊張感のない質問か……。マイペースなのはいい事だが、今じゃない。今じゃないぞ、妹よ。


 そんな俺たち兄妹とは真逆に、この危機的状態は全く変わっていない。


「せめてそこの呪われた……いや、の片腕くらいは、もっていきたかったデースね」


 ピクリと、ロキが小さく反応する。それを見透かしてなのか、目の前の【それ】は煽るようにニッコリと笑う。


「噂には聞いていマシタが、実に……」


【それ】が言い終える前に、ロキの鎖の杭が【それ】の胸に刺さる。

 突然の事態に、妹が小さく悲鳴を上げた。セージが慌てて妹の視界を隠すように、袖で隠して抱きしめる。

 俺も驚いた。が、どこかこういう場面を目にすることがあるのだろうと、覚悟があったのだろうか。……思った程は、動揺しなかった。しかし、反射的に出かけた悲鳴を、グッと飲み込んでロキを見る。心無しか、ロキの瞳には怒気と共に、焦りにも似た色が浮かんでいた。

 一方【それ】は、どこか余裕そうに口角を上げると、瞼を伏せて軽く両手を上げては、首を横に振る。そして人差し指を口元に当てて、片目だけを開く。


「おっと失礼。コレは、でしたネ」

「五月蝿い、黙れ……!」


 ロキが左腕を前へかざす。そして、勢いよく拳を握る。すると地中から無数の鎖が現れ、【それ】の身体を所々突き刺さっては絡みついて捕らえる。


「おっと、《束縛の鎖》デスか……。コレはコレは、中々なものデ〜スね♪」

「さっさとくたばれ!!」

「フフフッ、そうもいかな〜いのデ〜スよ☆」


【それ】が指をパチンと鳴らすと、一瞬にして【それ】の姿が消える。代わりに鎖の先には、ボロボロのカードが一枚。


「なっ……!?」

「アナタ……今、どういうお気持ちデ〜スか?」


 いつの間にかロキの背後に回っていた【それ】は、耳元で囁くと、ロキの首筋にカードを当てる。


「……っ!!」

「ご機嫌よう♪」

「〜っ! 《チェンジ》ィィィイイ!!」


【それ】がカードを真横に引くのと同時に、妹が叫んだ。【それ】のカードはロキの首ではなく、代わりに人形の首を引き裂いた。

 当のロキはと言うと、突然俺の真上に現れたかと思えば、俺はそのままロキの下敷きになった。


「ぐえっ……!?」

「つっ……!」


 俺は何度目かの、潰されたカエルのような悲鳴をあげて、地面に突っ伏す。慌てて顔を上げれば、【それ】は少し驚いたように目を見開いており、首を傾げて妹の方を凝視する。


「おや〜? お嬢さん、もしや魔法が使えるのデ〜スか……?」


【それ】の顔は口こそ笑っているが、目が一切笑っていないのは、傍から見てもわかる。

 俺は直ぐに立ち上がろうと、上半身を起こそうとする。が、落ちてきたロキに反応しきれてなかったがために、変な風に身体や服が絡まって、中々起き上がれない。

 人というのは焦れば焦るほど、事態が悪化するものだ。ロキも起き上がろうと必死で、俺たちは余計身動きが取れない。


【それ】が微笑みながら、少しずつ二人に近づいていく。セージが庇うように、妹の前に立ち塞がる。


「おぉ! その少女を庇うのデースか? とても素晴らしい!!」

「ヒナっ!」

「セージ!」


【それ】の取り出した一枚のカードが、一本の黒い剣に変わる。


「……しかしであるアナタには、まだ死なれるのは困りマース。ですので……」


【それ】が腕を横に払うと同時に風が吹き、何かに殴られたようにセージが数メートル飛ばされる。セージは数回咳き込むと、妹へと手を伸ばす。


「あっ……、ヒナ、コ……様……」


 妹の目の前に、【それ】が立つ。


「嗚呼……可哀想な少女ヨ……。アナタには、何の罪も恨みもありまセン。ありまセン、が……」

「……っ!」


【それ】はわざとらしく、身振り手振りで悲しみを表現しては、剣を高く掲げる。そして、目を細めて笑う。


「我が主の物語シナリオに、アナタは存在しない……の、デス!!」


 剣が、妹の胸元を突き刺す。

 妹の身体が糸の切れた人形のように崩れ落ち、俺たち三人はその光景に絶句する。

 そして俺は拳を……、唇を強く噛み締めて叫ぶ。




「〜〜っ! 陽菜子ォォォオオオォォォォォォォォオォォォオ!!」

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