第38話 〜お兄ちゃんは怒ってるようです〜

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 遥か上空から、【それ】は見ていた。

 左手にはスティックを持ち、右手には黄緑色に輝く、成人男性の拳一つ分くらいの大きさの宝石を握っている。

【それ】はスティックの持ち手で軽く頭をかきながら、困ったように眉を八の字に上げて目を伏せている。そしてチラッと片目を開けて、地上を見下ろす。


「うぅ〜ん……困りましたネェ〜。予想外の事態デス……」


 誰が見ているという訳でもないのに、大袈裟に困ったような素振りをしては、どこからともなく取り出した花柄のハンカチで、涙を拭う振りをする。その様子はまるで、一人芝居をしている役者のようだ。


「せ〜っかく、完璧な準備と、完璧な計画デ、上手く行きそうだったというノニ……!」


 悔しそうに空中で地団駄を踏みながら、ハンカチを口に咥えて引っ張る。


のために用意した、せっかくの地獄ショーを台無しにする何テ……。許さナイ……許さナイ許さナイ許さナイ許さナイ許さナイ許さナイ許さナイ許さナイ許さナイ許さナイ許さナイ許さナイ許さナイ許さナイ許さナイ……!!」


 血走った瞳でギリギリと歯ぎしりをしながら力を込めれば、耐えきれなかったハンカチがビリビリと無惨にも引き千切れた。

 そこでハッと我に返ったのか……。【それ】は千切れたハンカチを見つめては、口をへの字に曲げる。


「おっと、ワタシとした事ガ……。お気に入りのハンカチでしたノニ……」


 額に手を当てて、残念そうに首を横に振る。


癇癪かんしゃくを起こしてしまうのは、ワタシの悪い癖デスネ……。またダメにしてしまう前二、気をつけなけレバ……」


 そう言って宝石とステッキを脇に抱え、手のひらに千切れたハンカチを集める。そして数えるように反対の手で三回指を立てると、閉じた手のひらからトランプの塊が現れる。パラパラと手のひらから手のひらへ移しては、カードを切る。


「……さて、この予想外の出来事も、余興の一つとして楽しまなくては……。の、エンターテイナーとしての名にかけテ……ネ♪」


 一枚のカードを取り出す。その絵柄には、道化師ジョーカーの絵柄が書いてあった。【それ】は地上に目掛けて、カードを投げる。


 その表情には、不気味なほど歪んだ笑みが浮かんでいた。




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 俺は真っ青になっている妹を下ろすと、屋根の方を見上げる。そこにはひょこっと見下ろすように、頭を出したロキがいた。


「おー、やっぱ大丈夫だったじゃん」


 ニシシと笑うロキは、なんの悪気も悪意もないように思える。

 そんな反応にピクリと片眉を動かせば、少し後ろの方から慌てたように息を切らして近づいてくる、セージの声が聞こえる。


「ロキー! ヒナコ様ー! 大丈夫ですかー!?」

「おー、セージ。そろそろだと思ってたぞ」


 セージは大きな杖を支えにして重心をかけると、少し息を整えるように深呼吸をしてロキを睨みつける。


「もう! いきなりヒナコ様が落ちてきたから、ビックリしたじゃないか!」

「お前が来たから、大丈夫だっただろ?」

「そういう問題じゃないよ! ヤヒロさんだって……ヒッ!?」


 俺の顔を見たセージも、妹と同じように顔が真っ青になる。妹はすかさず小走りにセージの背後に回ると、セージを盾にして顔を半分だけ出す。そんな妹を庇うようにセージは軽く腕を回して、互いに小さく震える手をギュッと握りあった。


「……なぁ〜、ロキ。一応確認なんだが……ウチの妹をのは、お前か?」

「あ? だったらなんだよ?」

「ん〜? いやぁ〜、何……ちょっと話がしたいから、降りてきてくんないか〜?」

「はぁ? ヤダよ、面倒くさい」


 ロキは本当に面倒くさそうな顔をすると、胡座をかいて肘をついた。

 そんなロキの態度に俺は「そうか〜、言い方が悪かったな〜……」と、ニッコリ笑って見上げる。

 そして俺の目元には、一切の光のない。口元だけの笑みを浮かべて、低い声で改めて言う。


「何か勘違いしてるみたいだから、一応言っておくぞ。コレは『』じゃない、『』だ。……今すぐ降りてこい、ロキ」


 俺が人差し指を下ろす仕草と同時。ロキは重力に引っ張られるようにズルッと滑り、屋根の上から地面へと、うつ伏せで落ちた。一方のロキはと言うと、何が起きたのかサッパリと言う顔で、何度もパチパチと瞬きをしている。


「……は? なっ……!?」

「ロキ、『』」

「いっ……!?」


 俺の言葉に地面に突っ伏していたロキは、操り人形のように素直に従って、直ぐに正座をする。


「こ、《言霊ことだまの加護》…!?」


 セージが驚いたように、そう口にした。

 しかし今はそんな事など、どうでもいい。俺はそんなロキの目の前に目線を合わせるようにしゃがむと、下から睨めりつけるように顎を引く。


「まーあれだ……。お兄さん、結構心は広い方だと思うんだけどな? お前は言ったところで聞かないらしいんで、凄ーく不本意なんだが……」


 そう前置きして、俺は右手を振り上げる。ロキは全く分からないというように、困惑気味な表情を浮かべる。それは後ろにいるセージも然り。唯一察した妹が「あわわわ……」と、声を漏らしている。


「んじゃ、歯ァ食いしばれ!!」




 ――――――バシィィイン!!




 辺り一体に、平手打ちの音が響き渡った。

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