第37話 〜お兄ちゃんは駆けつけるようです〜

 ロキは、一人で魔獣たちの群れを相手していた。

 《挑発ブリングイット》の影響もあり、魔獣たちは自ずとロキへと牙を向けてくる。ロキはそこに鎖や先端の杭……、自身の間合いに入れば、己の拳や蹴りを使って叩くだけという、ロキにとっては簡単な作業の繰り返しだった。


「オラオラ! しっかりしろよ魔獣ども!!」


 ロキの身体能力は元より、体力は人より優れていた。それはロキの種族的なものも、一つの理由だった。

 そして実際、この程度の魔獣の相手ならば、ロキにとっては遊びも同然なのだ。

 鎖を自在に操って、魔獣を狩る。小柄で身軽なロキは、壁を水平に伝って魔獣の群れの中に入ると、急所を目掛けて鎖を飛ばす。


「最後、一匹……!!」


 ロキは空中に身を浮かべると、最後の魔獣目掛けて杭を飛ばす。鎖はオーラを纏って、真っ直ぐと魔獣を捉えた。

 勝利を確信したロキは、思わず口角を上げる。




 ――――――パキィィィィィン!!




「え……?」


 魔獣へと杭が貫通する。あと一歩という所で、『』がロキの鎖を弾いた。……それと同時に、鎖を纏っていたオレンジ色のオーラも消失し、鎖は無機質な音を立てて空中に四散する。


 一瞬、何が起きたのか理解が出来なかった……。僅かに思考が停止したその一瞬の隙を、見逃さないとばかりに魔獣は地を蹴って、空中に浮かぶロキの首元を目掛けて牙を向ける。


「しまっ……!!」

「ロキロキ、避けてー!!」

「……!?」


 頭上から声が聞こえたと思った瞬間、眼前に迫っていた魔獣の頭部目掛けて、上から頭二つ分程の大きさの石が落ちてきた。

 石は見事に魔獣の頭部にクリティカルヒットし、我に返ったロキはすぐさま新たな鎖を取り出して、屋根の瓦に杭を突き刺して上昇する。

 屋根の上に登ったロキは、目の前の人物に驚きを隠せないという表情を浮かべて、思わず問いかける。


「お前……、なんでこんな所にいるんだよ!?」


 目の前の人物……もとい、陽菜子は「えっへん!」と胸を張る。


「そりゃあ勿論! 友達を見捨てて逃げるなど、ヒナちゃんの武士の名にかけて恥ですからね!!」

「なんだそれ……」


 陽菜子の足元には、先程の石と同じくらいの大きさの石が、いくつか転がっている。ロキは様々な疑問を、口に出して問いかけた。


「……と言うか、その石どうしたんだよ。どうやってここまで持ってきたんだ? と言うか、お前ノーコンだっただろ? どうやって当てたんだよ……」


 呆れて何も言えないのか……。それとも陽菜子の規格外の行動で、半ば現実逃避しているのか。ロキは自分でも論点がズレてると思うような質問を、陽菜子に向ける。


コレは、さっきロキロキに教えてもらった《チェンジ》を応用して、少しずつ運んできたんだよ!」

「へぇー」

「当てるのはほら……投げるのはあれだけど、重力は裏切らないから……!!」


 謎に親指を立てながら、ドヤ顔で答える。質問しといたロキは、心底どうでもいいという顔で「へぇー」と相槌を打った。


「なんでなんで!? ロキロキが質問したから、懇切丁寧に答えたんじゃんか!! 酷い!!」

「いや……なんっつーか……。最後のは無性に腹が立った」

「理不尽!!」


 ポカポカと陽菜子に叩かれるが、全く気にしないという風に、されるがまま放置する。


「ヒナちゃんに謝れ〜! 謝れぇ〜!」

「あーはいはい、悪かったよ。ゴメンナサイネー」

「ムキィィィィィィィ!!」


 ロキと陽菜子がしょうもない茶番を繰り広げている隙に、意識を取り戻した魔獣は、木箱やレンガ造りの壁に爪を立てて伝って、ひっそりと屋根の上へと登ってくる。そして足音を消して二人の背後へと徐々に近づき、息を殺して牙をむき出す。


「むー、石運ぶのだってタイミングよく落とすのだって、結構大変だったのに……」

「わかったから、そう不貞腐れるな。全部終わって落ち着いたら、なんかこの街の名物でも奢ってやるから」

「本当!? やったー!!」

「じゃー、とりあえずヒナ」


 ロキはニッコリと笑う。それは陽菜子が、この世界に来て初めて見た、ロキのとびっきりの笑顔。陽菜子もつられて、ニッコリと笑う。が、どこか嫌な予感が頭を過ぎる。



 と、言うのが先か、行動が先か……。ロキは3階建ての建物の屋根から、容赦なく陽菜子の背中を落とした。何が起きたか理解できなかった陽菜子は、笑顔のまま屋根の雨樋の先……いや、下へと消えていく。

 そして叫んだ。


「それ落としてるからー!?」


 ロキが陽菜子を蹴落としたと同時に、瓦を蹴って大きく口を開けて迫る魔獣の鼻先に、ロキは振り返らずに添えただけという形の裏拳を食らわせる。そして反対の手で握ったナイフで、魔獣の喉元を切りつけた。


「だーい丈夫、僕を信じてれば死なないから安心しろー」


 姿は見えないが、ロキがそう言った気がした。

 陽菜子は強く目を瞑っては「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」と、女の子としてはなんとも色気のない悲鳴をあげていたために、全く聞こえていなかった。




「″風よ。彼の者かのものを包みこむ、優しき風となれ″……《妖精のフェアリー・揺り籠クレイドル》……!!」




 ……どこからか聞こえてきた詩のような言葉と共に、陽菜子の体はふわりと浮いた。そしてゆっくりと降下すると、誰かに両手で受け止められるように、背中にに感触があった。


 恐る恐る目を開けてみれば、登った太陽の逆光で影になってはいるが、見知った顔。


「あ、おに……」

「……陽菜子」


 名前を呼ばれた陽菜子は、一瞬で背筋が凍るようにゾワっとした。低く静かな声に、真っ青になって直ぐに相手から視線を外すように顔を逸らす。先程ロキに蹴落とされて落ちた時よりも、心臓がバクバクと音を立てては、冷や汗が止まらない。


「陽菜子」

「すみません」

「どうして謝るんだ?」

「ごめんなさい」

「俺が今何考えているか……分かるか?」

「申し訳ございません」


 今にも背後から『ゴッゴッゴッゴッ……』っと、不穏な効果音が聞こえてきそうなほど、目の前の人物……般若の形相の青年は、静かに


「言いたいことはまぁ、色々とあるが……」

「それはもう、承知しております……」

「とりあえず……後で説教な?」

「はい……」




 般若のような形相の青年……もとい、兄の八尋からの説教に、静かに覚悟を決めた陽菜子だった。

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