第36話 〜妹ちゃんは母子を見つけたみたいです〜

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 間一髪だった。


 ロキが陽菜子の襟首を掴んで、慌てて引っ張る。


 すると先程まで陽菜子がいた場所に、巨大化した目の前の生き物の大きな口と牙が、くうを噛み切った。


 反射的に掴んだために、勢いが余る。ロキは陽菜子を自身の腕の中へ庇うように包み込むと、数回地面を転がって壁に当たった。


「おい、ヒナ! 大丈夫か!?」

「うぅっ……、ロキロキのおかげで何とか大丈夫だよ。ありがとう」


 土埃以外に、特に目立った外傷もない。ロキは内心ホッとすると、すぐに陽菜子を庇うように前方に片膝をついては、片腕を広げる。


「まぁけどよ……、礼を言うのは、まだちょっと早いみたいだぜ」


 いつの間にか、数匹の魔獣が集まっている。少し離れた場所からも悲鳴が聞こえてきたあたり、まだ他にも魔獣がいるに違いない。


「クソっ……、門番や警備兵たちは何やってんだよ……!」


 ロキがバックの中から2〜3個小さな玉を取り出すと、魔獣の足元目掛けて投げつける。玉は地面に当たると同時に弾けると、白っぽい煙を上げて周囲を隠す。すかさず陽菜子の腰に腕を回し込むと、力強く地面を蹴って高くて跳躍する。


「ロキロキ、今の何!?」

「ただの煙幕だよ! ……まぁ、ちっとばかし対魔物用に痺れ薬も仕込んでるから、少しは時間稼ぎになるだろ」


 屋根を伝いながら、大通りへと向かう。下を見れば、混乱しながら魔獣から逃げ惑う、人々の姿が見える。


「ロキロキ、あそこ!」


 陽菜子が指を指す。その方向を見てみれば、数匹の魔獣によって袋小路に追い詰められた、母子の姿があった。もうダメだと悟ったのか、母親は幼子を庇うように覆いかぶさり、強く抱き締めている。


「……だぁー、もぉー!!」


 ロキは母子の方へと向き直ると、襲いかかる魔獣の横腹目掛けて、勢いよく飛び降りて蹴りを見舞う。そのまま空中で一回転すると、母子の前へ立ち塞がるように着地する。


「おい、アンタら! 怪我はないか!?」

「だ、大丈夫です……!」


 ロキはどこからともなく、先に鋭い杭のような物がついた鎖を取り出すと、その一部を自身の手に少し絡めるように両手で持つ。


「いいか。僕が合図したら、真っ直ぐに前へ駆け抜けろ。魔獣は僕が引きつける。アホヒナは、そこの二人を連れて逃げろ」

「でも……!」


 ロキを心配した陽菜子は、食い下がろうとする。だが、そんな陽菜子に、ロキは笑って答える。


「心配するな、この程度の魔獣相手なら、僕は大丈夫だ」


 ロキは母親をチラッと見る。まだまだ幼い我が子を、命懸けで守ろうとした母親。


「……アンタは絶対に、そのガキを守れよ。そんでもって、絶対に死ぬな。そいつにとって、この世界ではアンタがたった一人の母親なんだからな」

「わ、分かりました……!」


 母親が頷くと、ロキは鎖の先端を魔獣へと投げる。鎖は薄らとオレンジ色のオーラをまとっては、避ける魔獣の後を追尾して絡めとる。それはまるで蛇のような……、生き物のようにロキの意のままに動いた。

 鎖に繋がれた魔獣を少し引き寄せては、その重さと遠心力を利用して、周りの魔獣に投げつけて薙ぎ払う。すると一本の道が作られた。


「今だ! 行け!!」


 ロキの合図と共に陽菜子と、母親が幼子を抱えて走り出す。そのあとを追おうとする魔獣の脚を、鎖に絡めて捕まえると、勢いよく壁へ叩きつけた。


「行かせるかっ、てぇー……の!」


 ロキはもう片方の手で器用に投げた杭の先端で、魔獣に止めを刺すと、絡めていた鎖を解いて自身の手中へと引き戻す。


 そうして気づけば、数匹の魔獣の亡骸が点々と転がっていた。


 魔獣たちはロキの脅威におびえるどころか、仲間を呼ぶように高々と空を見上げて吠える。そして一分もしない内に、新たな魔獣たちが現れた。


「……ったく、どんだけ湧いてくりゃ気が済むんだよっ!!」


 軽く屋根付近まで飛翔したロキは、地面にいる魔獣に向けて杭を突き刺す。そして空中で回転し、勢いをつけてはそのままかかと落としを見舞う。どこか戦闘慣れしているロキの動きには、一切の隙がなかった。

 魔獣を足蹴にヒラリと屋根に飛び移り、小さく呟く。


「……《挑発ブリングイット》」


 そう呟くと同時に、一瞬だけ波動のような感覚が、辺りの空気を微かに波打たせる。そしてロキは、舌を出して見下ろすように、その場にしゃがみこむ。


「や〜い、図体がデカいだけの獣ども〜。僕にすら追いつけないなんて、魔獣の名折れ〜。テメーらのそのデカい頭は、ただの飾りか〜?」


 言葉こそは通じずとも、本能で侮辱されているのを察した魔獣たちは、ロキに殺気を向け、牙をむき出しては喉の奥で低く唸っては吠える。ロキはニヤリと口角をあげると、わざと魔獣たちに見えるように屋根のギリギリのラインを走る。


 何故、魔獣たちはこれほどまで、怒り心頭なのか……。それは先程、ロキが呟いた《挑発ブリングイット》という、呪文の影響を受けているからである。




 《挑発ブリングイット

 文字通り、敵を挑発して威嚇状態にする魔法。人や魔獣など……あらゆる敵意を自分だけに移すことで、周りが詠唱や大技への時間稼ぎのサポートにもなる。




 しかしこの魔法は、瞑想など精神面の集中に長けている相手には、効果が薄い欠点があり、ロキはこの挑発ブリングイットを高確率で成功させるために、あえて大振りで攻撃したり、かわしたりなどして、魔獣たちをイラつかせていた。


「おー、怖い怖い♪」


 口ではこう言っているが、実際は全くこれっぽっちも、怯えた様子は無い。


(……《索敵》!!)


 ロキはこの辺り一体の気配を、探知する。そして最も避難誘導が済み、人気のない場所を割り出す。


(ここから一番近くて、人気の無い場所……。噴水広場……!!)


 ロキは踵を返すと、噴水広場までの最短ルートへ走り出す。魔獣たちもそれに習って、ロキの後を追う。


「おーおー、ちゃんとついてきてるな? 偉い偉い」


 魔獣たちが、自身の後をしっかりとついてきているかを確認したロキは、一際大きく飛んで噴水広場へと出る。

 そして裏通りから飛び出してきた先頭の魔獣へ、格子状に絡まった鎖を飛ばしては、数匹を地面へと縫い付ける。そして体制の崩れた魔獣を目掛けて、杭を飛ばした。

 さらにロキは、畳み掛けるように魔獣たちの最後尾に向け、札のようなものがついた飛び具を投げる。札は一瞬にして赤色の炎で淡く燃え上がると、薄い壁を作り上げる。


 さらに、離れた複数箇所にも、同じような札のついた飛び具を投げれば、壁が壁と繋がり、最終的にはドーム状の結界が織り成された。

 何かを察した魔獣たちは、壁を破壊しようと体当たりをする。が、ビクともしない。


「……ったく、ババアに渡された結界……。こんな所で使っちまうとわなぁ……」


 ロキは首に軽く手を当てて、左右にコキコキと曲げて鳴らすと、不服そうに口を尖らせる。


「あとが面倒だから、出来れば借りなんか作らねーために、使わないでおこうと思ってたのに……魔獣どもお前たちのせいだからな!!」


 強く拳を合わせて腰を低く落とすと、腕に絡めた鎖をジャラリと鳴らして、構えのポーズをとって不敵に笑う。




「……じゃ、あとは、『魔獣駆除』と、行きますか!!」

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