第33話 〜妹ちゃんは魔法を学ぶようです〜

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 …………と、言うのが昨夜の話。


 今、ロキと陽菜子はシルフジブリンの大きな噴水広場を見渡せる、屋根の上にいる。

 今まさに、兄の八尋たちが必死に陽菜子の捜索をしてるとはつゆ知らず。二人は広場を見下ろすように、のんびりと各々好きな体勢でくつろいでいる。


「ねーねー、ロキロキ〜」

「何だよ?」


 体育座りで陽菜子が問う。ロキは左肘を立て、横向きに寝転がりながら応える。


「問題、空はなぜ青いのか?」

「知るか」


 心底興味のないような、一言の返答だった。

 陽菜子は「だよねー」と頷くと、すこし口を尖らしながら自分の髪を一房掴んでは、細い三つ編みを編みだす。




 ちなみに空が青く見えるのを簡易的に説明すると、太陽の光が地上に届くまでの間に、波長の長い赤色と違い、短い青色が空気中の塵や水蒸気の粒子にぶつかり、散乱するためである。この散乱する現象の法則を『レイリー散乱』の法則と呼ぶらしい。(出典元:Iopediaイオペディア




 …………と、いう理由は知らずに、陽菜子は空をボーッと見上げる。


「ねーねー、ロキロキ〜」

「何だよ?」


 編み終えた三つ編みを、今度は解きながら、陽菜子が問う。ロキは耳をかきながら、退屈そうに応える。


「何でもいいから、魔法教えて〜」

「ヤダ。めんどい」


 キッパリと断られた。

 陽菜子はぷっくりと頬を膨らませては、口を尖らせる。


「ちょっとでいいから! 簡単なのでいいから! 面白いのでいいから!」


 駄々をこねる子供のように、ポカポカと寝転んでいるロキを軽く叩く。ロキはこれっぽっちも動じずに、呑気に欠伸をする。


「お願いだよー! 魔法見たいよー! 使ってみたいよー!」

「昨日言っただろ? 『魔法は必ずしも使えるわけじゃない』って」

「やってみなくちゃ分からないよ! それに『諦めたら、そこで試合終了だよ』って、先生言ってた」

「どこの先生だよ……」


 一時無視して放置してみたが、諦めずにあの手この手と迫られる。最終的にグスグスとグズり始められ、ロキは一際大きい舌打ちをすると「わーったよ!」と渋々承諾した。


「やったー!」

「ただし、一回だけだからな! 見込みがないと思ったら、すっぱり諦めろよ!!」

「諦めない!」

「そこは諦めろよ!?」


 二人は屋根を伝って、人通りのない裏路地へと向かった。




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「それでは、ロキロキせんせー! お願いします!!」


 50m程離れた木箱の上にちょこんと座った陽菜子が、期待に満ちた眼差しで拍手する。ロキはフード越しに頭をかきながら「めんどくせーな……」と呟くと、つま先で地面を数回軽く蹴った。


「言っておくけど、僕はあまり派手な魔法は使えないからな!」

「いいともー!!」


 何がいいのか、ロキにはさっぱりだが……。深呼吸をするように一度大きく息を吸って吐き出すと、指を鳴らす。バックの中から何がを取り出すと、足元に落ちてた小石を拾い上げて掌で転がした。


「危ねぇから、そっからよー?」

「……? りょーかい! どーんとこーい!」


 陽菜子の了承を得たロキは頷く。……と、小石を握って――――――。


「行っくぞー」

「…………へ?」




 陽菜子を目がけて、




「でぇぇぇぇぇえええっ!?」


 思い出して欲しい、昨日の事を。

 ロキは宿の前で、そこそこ身長のある八尋とそう変わらないセージを軽々と蹴飛ばしては、持ち上げたのだ。

 お分かりいただけるだろうか? つまりはロキの怪力を。


 既に投げるところから『ヒュン!!』と風を切る音が聞こえ、豪速球ピッチャーが投げたのではと思うほどの勢いのスピードで、小石が飛んでくるではないか!


「『どーんとこーい!』とは言ったけど! そういう意味じゃないから! わー! しつこかったですよね!? ゴメンなさーい!!」


 あと少し……もう少しで当たると思い、陽菜子は反射的に目を瞑って顔を背け、隠すように手を構える。その時――――――。


「《チェンジ》!!」


 ロキの声が聞こえたと思った瞬間、痛みに耐えようと強ばらせた身体に、『ポスン』と柔らかい何かが当たって膝の上に落ちた。


「…………へ?」


 想像していた痛みや衝撃ではなく、予想外の感触に思わず間抜けな声が出る。恐る恐る膝の上を確かめて見れば、そこには拳二つ分くらいの大きさの人形があった。


「人……形…………?」

「どーだ? ビビったか?」


 ロキの方を見れば、先程投げたはずの小石を、掌の上で軽く上下に投げながら、ニヤニヤと笑っている。陽菜子は頬を膨らませながら、両手で人形を抱えてロキに近づく。


「いきなり石投げてくるんだもん! 危ないしそりゃあビックリするよー!」

「はっはっはー、成功成功ー♪」

「『成功成功ー♪』じゃないよ、もー! 危ないから石投げる禁止!」


 陽菜子の回し蹴りをしゃがんで避けると「悪い悪い」と、悪びれた様子もなく謝る。


「それで? 今の魔法はどんな魔法なのさ、ロキロキ?」

「今のは《チェンジ》って、魔法だ」

「《チェンジ》……?」

「そ。と、』魔法だ」




 《チェンジ》

 使用者が前もって触れて印をつけていたモノの位置と、持っているモノの位置を入れ替えて交換する魔法。

 消費魔力も少なく、初心者向けの簡単な魔法。たが一度に《チェンジ》できる個数や回数、大きさなどは魔力消費量に左右され、発動範囲は『使』と制限がある。


 いくら慣れているからと言っても、人に向けてモノを投げて発動したりするのは危ないので、良い子の皆も悪い子の皆も、絶対にマネしないようにしましょう!!




「へぇー、便利だね」

「これは魔力消費量も少ないし、比較的簡単だから初心者向けだよ」

「なるほど!」


 ロキが小石を陽菜子に見せる。


「『印』っつても、目に見えるような印じゃない。この石にインクをつけるみたいに、自分の魔力を付与するんだ」

「分かった! やってみる!」


 ロキから小石を受け取ると、陽菜子は両手で包み込むように持って、目を閉じる。淡い光が掌に集中しては、消える。


「へぇー、魔力は持ってるみたいだな」


 ロキは軽く口笛を吹くと、陽菜子から離れ壁際に寄る。


「んじゃ、軽く真っ直ぐ投げたら、その持ってる人形の位置を交換させるようなイメージをして、『《チェンジ》』って唱えろ」

「分かった!」


 陽菜子は頷き、小石を構えて、真っ直ぐ前に投げようとした……が。




 ――――――ブン!!


 ――――――ドゴッ!!




 風を切る音と共に、何かがめり込むような鈍い音が響く。


「…………あり?」

「………………」


 前に投げたはずの小石が、前方には一切転がってない。キョロキョロと周りを見ると、石のように固まったロキが目に入った。


 よく見ると、ロキの頭から数センチ横の場所……。そこには弾丸でも撃ち込まれたのかと思うほど、壁にはめり込んでヒビ割れた、小さな穴が空いていた。

 そのまま視線を横に流し、我に返ったロキと目が合うこと数十秒……。ワナワナと小刻みに震えだし、顔を真っ赤にして額には血管が浮きでている。


「お前……っ! 僕を殺す気か!?」

「いや〜、そういえばノーコンだったの忘れてましたよ〜……テヘッ☆」

「どんだけコントロールが悪ければ、僕の方こっちに飛んでくるんだよ!? ありえないだろ!?」


 ロキのお怒りが頂点に達する。




「お前、モノ投げる禁止!!」

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