第34話 〜妹ちゃんは練習するようです〜

「お前が投げると、ここら一帯ぶっ壊れそうだからな。まずは投げないで、この小石と人形の位置だけを《チェンジ》させる練習からな」

了解ラジャー!!」


 陽菜子がビシッと敬礼をする。そのやる気がむしろ不安なロキは、小さくため息をつくと先程の小石と違い、拳一つ分くらいの石を陽菜子に渡した。


「ロキせんせー、コレは?」

「《チェンジ》させるのに、初心者のお前には小石じゃ的が小さすぎただろ? ある程度は大きさがないと、認識しにくいだろうからな」

「ほー……?」


 ロキの言葉に、陽菜子はどこか納得出来ずに首を傾げる。


「サイズによって、消費量も変わるけど……。まぁこれくらいなら、そこまで魔力も消費しないし、丁度いいだろ」

「なるほど……?」


 まだ納得できないのか。首どころか、上半身を横に傾けはじめる。


「それにさっきみたいに投げても、ある程度重さも大きさもあるからな。正直、僕が回避しやすい」

「なるほど!!」


 ロキの最後の言葉の、説得力の何たるか! 陽菜子は完全に納得して理解したと言わんばかりに、体を元に戻しては強く頷くと、グッと親指を突き立てた。


「んじゃ、さっき教えたみたいにやってみな」

「おっけー! 任せてよ!!」


 陽菜子が石に魔力を注ぐ。そして少し離れた場所に置いて戻ると、片手を上げて「神崎陽菜子、いっきまーす!」と高々と宣言した。


 陽菜子は右手を真っ直ぐ前に伸ばす。左手には、先程ロキに渡された人形を抱えている。そして息を吸って吐いてと深呼吸をし、キッと石を睨みつけ……。


「《チェンジ》!!」


 と、叫んだ。

 眩い光が陽菜子の掌に集まり、一際強く発光する。やがて光は次第に弱くなり、左手を確認してみると……。

 そこには、元々あった人形があった。


「あー……そりゃ失敗だな」

「ガビビーン!!」


 陽菜子は膝から崩れ落ちると、『ダンダン!』と地面を殴る。


「うえぇ〜ん! 失敗した〜!」

「まぁ初めてだし、仕方ねーだろ。コレばかりは練習あるのみだ」

「うぅ〜、だよね〜……」


 陽菜子は立ち上がると、構えて「《チェンジ》!!」と連呼しながら、練習を開始する。ロキはその姿を見ながら「まぁ、すぐには無理だろうけどな」と小さく笑って呟き、遠目から見守るように壁に寄りかかった。


「〜〜…………!」

「…………?」


 ふと、どこからか風に乗って声が聞こえてきた。ロキは耳を澄ませる。どうやら、大人と子供の声のようだ。そこまで距離は離れていないように思い、どこか聞き覚えのある声の方へと足を向けた。




 ▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁




 ……声の主たちは案外近くにいた。そこには一人の子供を取り囲むように立つ、ガラの悪い三人の男たちがいた。あの子供には見覚えがある。シルフジブリンこの街にセージと来てから、毎日教会に通っては掃除の手伝いをしたり、祈りを捧げてている子供だ。確か最近、母親が病で亡くなったと聞いた……。

 ロキは壁に背をつけ、様子を伺うように少しだけ顔を出す。


「お前、良いモノ持ってんじゃねーか」

「こんな良いモノ、お前みたいなガキが持ってたって、なんの意味ないだろぉ?」

「これ俺たちにくれない〜?」


 男たちの一人……リーダー格のようなガタイのしっかりとした男が、キラッと光る小さな石の入ったブローチのようなものを手にしている。


「チッ、物取りかよ」


 ロキは小さく舌打ちする。すると、子供がリーダー格の男の足にしがみつく。


「返せよ! それは母ちゃんの形見なんだ!」

「うっせーな! 薄汚ねぇーガキが!!」


 男が足にしがみついた子供を、払い除けるように蹴り飛ばす。そして取り巻きなのだろう。周りにいた小太り気味の低身長の男と、細身の男が子供を痛めつけるようにさらに蹴りを入れる。


「孤児のクソガキが、調子乗ってんじゃねぇ!」

「お前みてぇな弱ぇガキは、精々地面に頭擦り付けて指くわえてな!」


 男たちの汚い笑い声に、子供の小さな呻き声がかき消される。


「うぅっ……返せよ、返してよ……!」


 子供が地面に爪を立て、溜まった涙が溢れ出しそうになった、その時――――!


「あー、足が滑っちゃったー」


 小太り気味の男の顔面に、ロキの足がくい込んだ。


「ぷぎっ……!?」


 ロキはそのまま足に力を入れ、男を数メートル先に蹴飛ばした。

 男たちは何が起きたのかすぐに理解できず、小太り気味の男が飛んでいった方を見てからロキへと振り返る。


「な、何すんだテメェ!?」


 細身の男がロキの胸ぐらを掴む。ロキは耳を小指でかきながら、涼しい顔で笑う。


「ロキ……!」

「あっ、ゴッメーン。邪魔なところに、まん丸い石があると思って蹴ったら、ただの豚った人間だったわー」

「ふっ……ざけんなよ、クソガキがぁぁぁああ!!」


 細身の男は、ロキの顔目掛けて拳を振りかざす。それを片手で掴んで止めると、反対の拳で男の腹に、一発食らわせる。


「ぐえっ……!?」

「安心しな、加減はしてやってっから」


 男が腹を抑えて前にうずくまる勢いを利用し、頭を掴んで相手の顎を目掛けて膝を上げる。そして先程のお返しとばかりに胸ぐらを掴み返すと、軽々と片手で持ち上げて、小太り気味の男が飛んでいった方へと投げる。


「おい! このガキがどうなってもいいのか!?」


 リーダー格の男が、子供の腕を後ろで掴んで人質に取り、首元にはナイフを当てている。


「あぁ?」

「一歩でも動いてみろ! このガキの喉元、かき切ってやる!!」

「ロキィ……」


 子供は涙目でロキを見る。ロキは子供と男を睨みつけると、短く「ハッ!」と鼻で笑う。


「悪いが、僕とそいつは何の関係もないからね。好きにしなよ」

「…………!!」

「はぁ!?」


 ロキが子供に向かって指をさす。子供はゴクリと喉を鳴らす。そしてロキは、確認するように問いかける。


「僕にはお前を、、なぁ?」

「う……うん!!」

「なっ……!?」


 ロキと子供の言葉に、男は明らかに動揺する。その隙を、ロキは見逃さなかった。


「《盗みスティール》!!」


 ロキが出した腕の掌が眩く輝く。男は耐えきれずに目を逸らす……と、男が手に持っていたナイフが忽然と消えていた。それと同時に、目の前に居たはずのロキの姿もない。


「な……どこにいった!?」

「ココだよ」


 いつの間にか背後に回っていたロキが、男の背中に軽くナイフを突き立てる。


「何ガキ相手に、ムキになってんだよ。こんな刃物危ねぇモンまで取り出して……テメーの器が小せぇにも程があるだろ?」

「こっ、のぉぉおおお……!!」


 男が腕を後方に大きく回す。ロキは一歩下がってナイフを持ち直すと、持ち手の柄で男のこめかみ辺りを強く殴る。あまりの痛さに白目を向いた男の腕から子供を引き剥がすと、軽く飛んで男の頭部に回し蹴りをした。

 飛んでいった男は、先程の二人の上に見事に重なり、あっという間に伸びた男ら三人の塊ができた。


 ロキは子供を下ろしては、ひと掃除終えたように手を軽くパンパンとはたく。そんなロキの服を、子供が掴んで引っ張る。


「ロキ、ありがとう!!」

「あ? 礼なんていらねーよ。道歩いてたら、邪魔なゴミがあっただけだ。それに言っただろ? 『』って」

「うん!!」


 子供はニッコリと笑う。その顔を見たロキは口元を緩めると、ワシャワシャと頭を撫でる。


「よく最後まで泣かなかったな。それだけは褒めてやるよ」


 ロキが子供にナイフを渡す。


「質屋にでも出しとけ。少しは金の足しになるだろ」

「いいのぉ?」

「別に僕は、食うのも金にも特に困ってないからな。それとほら」


 子供の小さな手の上に、ロキが何かを乗せる。それは小さくキラッと光る石の入った……。


「母ちゃんのブローチ!!」

「母ちゃんの形見なんだろ? 大事なモンなら、二度と取られねーようにしっかり持っとけ」

「うん! ありがとうロキ!」


 子供はナイフをベルトの間に挟むと、大事そうに両手でブローチを包む。


「ほら行け。コイツらは、僕がそこらの警備兵に突き出しといてやるから。その代わり、僕の事を聞かれても何も言うなよ?」

「うん! 分かった!」


 子供は少し駆け出すと、振り向いて手を振る。その姿に「早く行け」と顎で促すと、嬉しそうに笑って走り去って行った。

 子供の姿が見えなくなると、ロキはバックの中からロープを取り出して男たちを容赦なく縛り上げた。


「……おい、いつまでそこで見てるんだよ、

「あら? お気づきでしたか〜?」


 建物の影から、陽菜子がひょっこりと顔を出す。その顔はニマニマと、笑いをこらえている。


「そんな気持ち悪い顔で見られてたら、嫌でも気づくわ」

「失礼な! ロキロキが居なくなったから、心配して探しに来たのに!!」

「そりゃーどうも。で? いつから見てたんだよ」

「ロキロキが、太った人を蹴り飛ばしたところ辺りから!」

「ほぼ全部じゃねーかよ!」

「いやぁ〜、ロキロキカッコよかったね」


 そう言って陽菜子は、『ビシッ!』とカッコよくポーズを決める。


「『僕にはお前を助ける義理も何の理由もねぇ』とか言いつつ、助けちゃうあたり! やっぱり優しいんだから!」

「優しくねーよ!」

「いや、優しいね! 絶対セージさんに報告するもんね!!」

「やめろ! 報告すんな!! 今すぐ忘れろ!!」


 ロキが陽菜子の頬を引っ張る。陽菜子も抵抗してロキの頬を引っ張る。




 その時、街中に鐘の音が響き渡った。

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