第32話 〜妹ちゃんは友達になるようです〜

「何で僕なんかと『友達』になりたいんだよ」




 ロキの言葉に、陽菜子は振り向きながら首を傾げる。


「さっきも言ったじゃないですか。『なんか気が合いそうな気がする』って」

「合うわけないだろ……。お前と僕はんだから」

「どこがですか?」


 陽菜子の自然な……だが鋭い質問に、ロキは一瞬言葉を詰まらせる。そして震える声を必死に抑えながら、口を開く。


「お、お前は知らないだけだ……僕がどんな立場で、今まで何って言われてきたかを……。僕は、『』だから……」




 ――――――『呪われた子』……!!――――――


 ――――――お前の傍に居たら、呪われる!!――――――


 ――――――汚らわしい! あっちへ行け!!――――――




「だから、友達なんか……いら……」

「ロキさん」


 凛とした……静かな声がロキの耳に入る。そこには真っ直ぐに、自分を見る陽菜子の双方の瞳。その瞳は目を逸らしたくなるような程、真っ直ぐで……それでいて、何故か吸い寄せられるような、力強ささえ感じる。


「私はアナタが、今までなんと言われてるか知りません。それを、無理に聞き出そうとも思いません。それはきっとロキさんにとって、辛いことだから……。でも、これだけは言わしてください。私は『』んです」

「『仲良くしたい』、から……?」

「そうです!」


 陽菜子は力強く頷くと、口角を上げる。


「私にはもう、友達と呼べる友達はいません……。だからロキさんとセージさんの関係が、ほんの少し羨ましいんです」

「僕とセージが?」

「はい! お互い信頼しあって、心配しあってて。それでいて私たちには入る隙なんかないような、深い絆で結ばれてて……。そんな人、私たちの世界でも、中々いないですよ」


 その言葉を聞いて、ロキは照れくさそうに目を逸らす。その頬が少し紅潮しているのを、陽菜子は黙って見てた。

 だがロキは、それでも納得しないように首を横に振ると、陽菜子を睨みつける。


「き、気持ち悪くないのかよ!? この髪! 赤い髪と白い髪!! 気持ち悪いだろ!?」


 ロキは自身の髪を、掴んで見せつける。右と左……それぞれちょうど真ん中から、赤と白に別れた髪。そしてさらに自分の両眼を指さす。


「それに眼だって! 獣みたいな金と、血みたいに真っ赤だ……!」


 ロキ言う通り、そこには夜闇に金色に光る右眼と、赤く濡れたような左眼があった。その瞳が少しだけ潤む。


「こんな半端で嫌われ者……。お前らだって、この意味が分かればきっと……」


 耐えきれなくて、ロキは顔を逸らした。小さく握った拳に、どんどん力が増す。爪がくい込んで、今にも皮が剥けて、血が出てきそうだ。

「どうせ皆同じだ」、そう思って悔しかった。だから最後まで聞かずに、逃げ出そうとしたその時――――――。




「そうですか?」




 予想外の言葉に、ロキの瞳が大きく開かれる。陽菜子の方を見れば顎に指を当てながら、考えるように空を見ている。


「うーん、ロキさんのその赤い髪と白い髪……私の住んでる国では、紅白色でお祝いの席でよく使われる色で、とってもおめでたい色なんですよ? それにそんなに綺麗な髪なのに『気持ち悪い』だなんて、ですね」

「は……?」

「その眼も綺麗ですよね! 黄金の瞳と赤眼……! オッドアイとか、めっちゃかっこよくて憧れるな〜! あ、でも漫画とかアニメとか、こういう世界は大体そういうのって、偏見の目で見られるんだっけ……? クソっ、そんなで、ただでさえ少ないオッドアイの人材を失うのは痛い、痛すぎる……! ……は〜、いつかカラコンとか入れて、私もやってみたいなぁ!!」


 風呂上がりの一杯を飲むように「くぅ〜!!」と腰に手を当てながら、強く拳を握ってガッツポーズする陽菜子に、ロキは明らかに困惑した表情で見る。


「お前、何言ってんだ……?」


 素の言葉だった。本当に、何を言ってるのか分からなかった。多分他の者でもそう思うだろうし、言ったであろう。もし通じるとしたら、強いて言うなら八尋くらいだ。

 陽菜子はハッと我に返ると、「あ、すみません!」と手を振っては、最初から崩れている威厳を保つために、軽く咳払いをする。


「……要はですね、ロキさんの容姿なんて、私は全然気にしないということです。ロキさんは不本意かもしれませんが、私にとってロキさんのその見た目は一種の萌えキャラ設て……いじゃなくて、個性です。個性は人それぞれでアピールポイン……ト、じゃなくてチャームポイント? です! なので自信を持って、どんどん推していきましょう!!」


 陽菜子からの謎の元気づけを貰ったロキは、戸惑い気味に「お、おう……」と頷く。その返事を聞いた陽奈子は親指を立てたながら「オッケー牧場!!」と、作りきれてないウインクをする。

 その顔がどこか可笑しくて、反射的にロキは吹き出した。


「ブハッ! ブッサイクな顔!!」

「あ! 酷い! 渾身のウインクだったのに!!」

「ウインク!? どこが! スゲー顔ひきつってたじゃねーか!」


 ゲラゲラ笑うロキを、ポカポカと叩きながら陽菜子も笑う。

 ひとしきり笑ったロキは、笑いすぎて溜まった涙を拭う。そして陽菜子をチラッと見ると、少しだけ柔らかくなった表情で立ち上がる。


「……つったく、しゃーねーな。お前、断ってもしつこく付きまとってきそうだしな」

「はい?」


 突然の言葉に首を傾げる。ロキは少し気恥しそうに頬をかくと、スっと右手を差し出す。


「……なってやるよ『友達』」

「…………!!」


 ワナワナと指を動かしながら、恐る恐るロキの手に手を伸ばす。その指の動きがあまりにも気持ち悪くて、ロキは内心引っ込めようかと本気で思った。

 そして陽菜子は、ロキの手を掴むと、しっかりと両手で握って「ひゃっほーい!!」と、腕がもげるのではないかというほどブンブン上下に振る。


「でも勘違いすんなよ、お前がウザそうだから仕方なくだからな! 気に食わなかったら、すぐに縁を切るからな!!」

「いや! 絶対に絶交しませんからね! ケンカしても、絶対に切りませんからね! もーこの手は、一生離しませんからね!?」

「いや、手は離せよ!?」


 ロキが「離せ」といわんばかりに上下左右に振るが、ビクともしない。陽菜子の握力は一体どうなっているのだろうか?

 陽菜子はと言うと、嬉しそうに歯を見せながら「ニシシッ♪」と笑っており、流石のロキも断念したように「わ〜ったよ、切るかどうかはその時まで保留な」と苦笑いすると、やっと手を離した。


「じゃあ私のことは気軽に『ヒナちゃん』とでも、呼んでください!」

「分かった。んじゃあ、な」

「酷い!!」


 陽菜子の右ストレートが飛んでくる。が、ロキは軽やかにかわすとさらに煽るように、手で口を横に引っ張って舌を出す。


「さっきから思ってたんだけどさー、お前が敬語使ってんのなんか気持ちわりぃな」

「えー、頑張ってるのにー!」

「もータメでいいよ、僕のことも好きに呼びなよ」

「おー、友達っぽい!!」


 陽菜子は目を輝かせる。少し考えると、ポンっと手を叩いて「決めた!」とロキを指さす。


「『ロキロキ』! 今日からアナタは、『ロキロキ』よ!!」


『ドヤァ!』とキメ顔をする陽菜子に、ロキは「フッ……」と瞼を伏せる。そして一瞬優しく笑うと、すぐにキッと睨みつけ……。


「却下! だ!!」

「えぇー!?」

「当たり前だろ! そんな頭悪いようなあだ名! 却下だ却下!!」

「ヤダヤダ! ロキロキがいい! ロキロキじゃないとダメー! ロキロキロキロキロキロキロキロキー!!」

「うっせー! 『ロキロキ』言うな!!」




 その後、口論の末に陽菜子が押し通したのは言うまでもなかった。

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