第31話 〜妹ちゃんは即答されたようです〜

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 宙に身を投げ出した。



 特に思い残すことは無かった。



 ……が、変えたかったものはあった。



 身体に、想像していたような衝撃はなかった。



 その代わり腕を力強く握られ、足が空を切る。



 そっと固く閉じた瞼を開けて、上を見上げる。



 そこには息を切らして、自分の腕を握る人物。



 目が合った。ホッと息をついて、腕を引き上げられる。



 私は再び瞼を閉じ、少しだけ口角を上げる。



 あぁ……




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 ロキに腕を引かれ、陽菜子は屋根の上へと引き戻された。

 二人して、手足を大の字に広げる。一方は肩で息をし、もう一方は静かに月を見つめている。


「お……まえ! 何やってんだよ!!」


 胸ぐらを掴まれては、眼前に引き寄せられる。


 ロキの怒気を含んだ瞳に対し、陽菜子の瞳はどこか無機質めいている。その瞳が数秒の時を経て光を取り戻したと同時に、陽菜子がニッコリと笑った。


「いや〜、危ない賭けでしたよ〜。でもロキさんなら、助けてくれるって信じてました!」

「ふっ、ざけんな! 僕が助けなかったら死んでたんだぞ!?」

「でも助けてくれた。これは真実です」


 しばし睨み合う二人。ロキは苦虫を噛み潰したような苦しそうな顔をすると、陽菜子の胸ぐらから手を外して解放した。


「助けたのは……お前に勝手に死なれたら、気分が悪いからだ。昨日今日の関係だとしても、セージが悲しむ……」

「そうですか。ではそういう事にして……。まずは二人にかけた魔法を解いてくださり、ありがとうございます」


 陽菜子は目を伏せて、軽く頭を下げる。ロキはその姿を横目で見ると、フイッとそっぽを向いた。


 先程の、ガラスが割れたように響いた音。それはロキがここら一帯にかけた、魔法を解いた合図だった。


 静寂の中、風が髪を、頬を優しく撫でる。そっと陽菜子が口を開く。


「ロキさん。ロキさんは、自分で思っている以上に優しい人ですよ」

「……僕は、優しくなんかない」

「そんなことないですよ?」

「あるんだよ!!」


 グッと拳を握る。下唇は、今にも血が滲みそうなほど強く噛む。ロキが何を考えているのか、陽菜子は理解しているのだろうか?


「僕は……自分の為なら……、この世界だって……」


 そこから先は無言だった。

 互いに背を向けた二人には、互いが今、どんな表情をしてるのか分からなかった。


「似てるなぁ……」


 ボソッとそう呟くと、陽菜子は「よし!」と手を叩いて立ち上がる。


「じゃーロキさん! 二つ目の要求です!!」

「え、今そんな雰囲気じゃないだろ……?」

「『そんな雰囲気』だからです! さぁさぁ、いきますよ〜!」


 陽菜子は「へいへいへーい!」と腰を低くして謎の動きをしながら、『パンパン』と手を叩く。困惑したロキが「まてまて、分かったから落ち着け」と言いながら「どうどう」と動物……いや、珍獣を落ち着かせるような手つきであやす。


「二つ目の要求! それは私たちに、『ください!!」

「はぁ? ヤダよ」

「即答!!」


 嫌そうな顔をしたロキの素早い返答に、陽菜子は銃で撃たれたように、わざとらしく胸を押さえる。ロキはその行動を、冷ややかな視線で見ていた。


「な、何故……?」

「率直に言って、めんどくさい。遠回しに言って、めんどくさい」

「つまり『めんどくさい』んですね……」

「そーゆうこと」


 ロキは頭の後ろで腕を組むと、「ハッ!」っと鼻で笑う。


「言っとくが……魔法がある世界だからと言って、全ての生き物、種族が『使』とは限らないんだぜ」

「そうなんですか?」

「そーだよ。この世界には、いくつかの種族が存在する。その種族ごとに得意な魔法や、加護が別れる。特には、種族だ」


 その言葉を聞いた瞬間、陽菜子に衝撃が走った。

 ロキは今なんと言ったか? 『人間は魔法や加護は、ほぼ存在しないに等しい種族』だと言った。


「特に、魔法のない世界から来たお前らは……」


 陽菜子のショックは、盛大なものだった。何かを察したロキが説明を中断して、哀れみの込めた視線を陽菜子に向けるほど、陽菜子のショックは傍から見ても、とても分かりやすかった。


「そんな……せっかくファンタジーな異世界に来たというのに、魔法が使えないかもしれないなんて……!」


 拳を握りしめて、屋根の瓦を『ダンダン!』と叩く。ロキは残念なものを見るような視線を浴びせながらも、陽菜子の肩にポンっと手を置く。


「ま、まぁ使えるか使えないかは人それぞれだし、稀に人間でも突然使えるやつだっているからさ……。可能性はゼロじゃないから、な? 元気出せよ……?」


 陽菜子は素早くロキの手を掴むと、「ですよね!?」と半泣きの顔を近づける。押され気味のロキは「お、おう……」と頷くが、正直こればかりは素質なので、これ以上は何とも言えない。

 一方、陽菜子はと言うと「可能性はゼロじゃない!」と嬉しそうにはしゃいでいる。さすがのロキも若干の良心が痛むのか、その先は口をつぐんだ。


「じゃあじゃあ、三つ目の要求!」

「出来れば、僕のやれる範囲で言ってくれ……」

「はい、勿論! コレはロキさんにしか出来ないことです!!」


 陽菜子は、自身とさほど変わらないロキとの目線を、合わせるように立つ。


「コレはロキさんと、出会った時から考えてたんですけどね」

「な、何だよ……?」


 戸惑い気味のロキへと右手を差し出すと、首を少し傾けて笑う。


「……はい、という訳で三つ目の要求。私と

「……は?」


 予想外の言葉に一瞬、呆気にとられたロキは間抜けな声を出した。対する陽菜子はと言うと「ニシシシッ♪」と、歯を見せながら笑っている。


「いやはや、ロキさんとは初めて会った時から、『友達になりたいな〜』と思ってたんですよ〜。なんか気が合いそうな気がするんで!!」

「『初めて会った時から』って……さっき会ったばっかりだろ……」

「まぁそうですけどね。へへっ♪」


 左手で軽く頬をかくと、そのまま少し長めの前髪で遊ぶ。


「勘なんですけど、ちょっと似てると思ったんですよ。だからきっと、仲良くなったら、きっと楽しいと思って」

「『似てる』……? 誰と誰が?」

ロキさんユーミーが!!」

「それはねーわ」

「即答!!」


 陽菜子はグスグスと泣くと「もう飛び降りてやる〜……」と、嘘か本当か分からない物騒なことを言い出し「やめろ」と、Tシャツの後襟を掴まれて止められる。


「ロキさんとは、類友になれると思ったのに〜」

「類友ってなんだよ。っか、それ半分脅しじゃねーか」

「あ、バレましたか。テヘッ♪」


 陽菜子は、舌を出しながら自分の頭をコツンと軽く叩く素振りをする。その行動が地味にイラっと来たロキは、陽菜子の脇に手を差し込んで軽く持ち上げると、屋根の端に行く。そして――――――。


「……落とすぞ?」


 ……と、空中にぶら下げた。


「ゴメンなさい、すみません、調子に乗りました!!」


 先程の威勢はどうしたのか……。ジタバタと足を動かして、陽菜子は慌てて謝る。すると後ろから呆れたようなため息と共に、足の裏に硬い感触が戻りった陽菜子はホッと息をついた。


「お前……。さっきまでの威勢は何だったんだよ……」

「いやぁ〜、自分で腹を括るのと括らないとでは、覚悟が違うというか、なんと言うか……」


 ロキは「そーかよ」と返すと、少し考えるように間が開く。自身の細く長い……赤と白の混じった三つ編みを掴み、毛先を指に絡めて握る。


「……なぁ、お前は何で僕なんかと『友達』になりたいんだよ」


 無意識の内に出た言葉に、ロキが慌てて口を塞ぐ。




 その指先が、瞳が……僅かに震えていた。

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