第29話 〜妹ちゃんは語ったようです〜

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 そうして30分程熱く語った後、陽菜子はスッキリとした笑顔で「ふぅ〜!」と声を出すと、額の汗を拭う仕草をする。

 一方、隣に座ってるロキはどこか疲れきったように、脱力していた。


「いや〜、久々に語ったよね! 楽しかった〜!!」

「そーかい……。僕はなんでか、凄く疲れたよ……」


 陽菜子は語った。それはもう熱く捲し立てるように。元々、陽菜子は性格的に気になったことや疑問に思ったことは、とことん追求したがった。それは日々のオタクとして考察や仮説を、兄の八尋と共に寝る間も惜しんで語ったことも、一度や二度のことでは無い。

 むしろロキはまだマシな方だった。八尋に関しては出勤時間ギリギリまで語っては『うますぎる!』と評判のブロック型の小さな栄養士……。携帯栄養食を口に加えながら出勤しては、目元にクマを作ってた。


 しかしロキはロキ。決して八尋では無い。陽菜子の捲し立てるような早口言葉顔負けの、オタク特有の口調……。しかも聞きなれない単語の連続を全て聞き取って、相手のスピードに合わせて返事してたのだ。それを考えると、ロキの疲労は想像以上に違いない。


「はぁ〜……。お前はセージかよ……」

「セージさん?」


 ロキは頭を抱えながら深いため息をつくと、静かに頷く。


「アイツも小さい頃は興奮すると、両手をブンブン上下させながらお前みたいな感じだったよ……」

「へー、意外ですねー」

「まぁでも、お前と違ってアイツは所々詰まりながらだったからな。上手く説明出来ねーし、半分以上何言ってんのか分かんなかったけどな」


 ロキは軽く笑うと、どこか懐かしむように目を細める。その目元は先程の警戒してた時の鋭い目付きと違って、とても優しい目だった。


 陽菜子がその姿を嬉しそうに見てると、ハッと我に返ったロキは慌てて距離をとっては、ギロッと睨みつける。


「ま、まさかお前! 僕に取り入って、セージに何かしようと思ってんじゃねーだろうな!?」

「『取り入る』? まっさか〜。そんな事しないよ〜、面倒くさ〜い」


 陽菜子は「ないない〜」と笑いながら手を振る。ロキは片眉を僅かに動かすと、陽菜子の様子を伺うようにジッと睨みつける。


「そもそもロキさんに取り入って、セージさんに近づいたとして、何の得があるんですか?」

「え? えーっと……、神官の権力を手に入れるとか……?」


 その言葉に陽菜子は、手を振りながら笑い飛ばす。


「いやいや、それならもっと他の偉い人に、ゴマすりするでしょ?」

「うっ……。う、後ろ盾の家の人脈を手に入れたり……」


 陽菜子は腕で大きくバッテンマークを作ると、口を尖らせる。


「そもそも後ろ盾もなにも、この世界の仕組みイマイチ分からないので、人脈手に入れても意味ないでしょ?」

「まぁ、それもそうだな……」


 口ごもるロキに、陽菜子は「他には?」と、問いかける。


「そ、そうだ! 金ヅルとして使ったり!」

「まぁ今はそう思われても仕方ないけど、ちゃんと後でお金返せるようにヒロくんとイオがメモしてますよ」


 そう言ってポケットからメモ用紙を取り出す。そこには確かに『リンゴ(?) 銅貨? 250 ÷ 5 = @50 × 3 ?』と書いてある。しかしロキにはなんと書いてるのか、サッパリ分からない。


「この落書きが……?」

「まぁそう見えるかもですが、それが私たちの世界の文字だから仕方ないですよ」

「ふーん……?」


 ロキは八尋たちがメモした紙を見ながら、未だに不満そうだが納得しようとする。


「そもそも、そんな回りくどいことして何になるんですか? 時間の無駄だし正直面倒くさ過ぎて草生える」

「たしかに……。は? 『草』……? 『生える』……?」

「あー『草が生える』って言うのはー……。『面白い』? とか『チョーウケる』的な……?」


 ロキと陽菜子は互いに顔を見合わせては、首を傾ける。数十秒の間を経て、先に沈黙を破ったのはロキだった。


「……ぶはっ! なんかお前見てると、警戒してる僕が馬鹿らしくなってくるよ!!」

「えー? そうですかー? 私結構、ナイフ突きつけられてから緊張してたんですけどー?」

「緊張してるヤツが、僕に食らいついて語ってくるかよ! ……あー、なんか損した気分だわー」

「『損した気分』とか失礼な! この『超美少女、ヒナちゃんと話せてラッキー♪』って思わないと!」


 陽菜子は胸元を叩いてドヤ顔をする。その姿を見ながらロキが茶化すような顔をしながら指をさす。


「なんだっけ? さっきの言葉」

「はい?」


 ニヤリと口の端を上げて笑う。

 陽菜子は口を膨らませると「キィー! もう使う場所心得てる!!」と自分の膝をポカポカと叩く。


「なるほど、これが『草生える』か。新しい言葉覚えたわ」

ムカつくー!」

「『』?」

「『超』とか『凄く』って感じ!!」

「煽りスキル完璧かよ!!」


 ロキは陽菜子の反応を指さしながら笑う。


「これ挑発する時とか、チョー使えるじゃん!」

「でもココの世界の人には早々通じませんよ?」

だよ。訳わかんない言葉を使われるほど、腹立つもんだろ?」

「……? まぁ確かに……一理ある、かも……?」


 渋々という感じだが、陽菜子は考えるように斜め上を見ながら、納得するように頷いた。


「まぁそのうち挑発する時の方法とか、メリット的なのを教えてやるよ」

「え! 本当ですか!?」


 その何気なく言った言葉にやけに食いつく陽菜子に、ロキは若干驚きつつも「お、おぅ……」と頷く。

 一方の陽菜子はと言うと、喜びのあまりピョンピョンと飛び回っている。


「な、なんだよその反応……! 調子乗ってると落ちるぞ!?」

「えへへー♪ ……あっ」

「あぁ!?」


 陽菜子は足を滑らして屋根のてっぺんから滑り落ちそうになるのを、ロキが慌てて腕を掴んで阻止する。……と、ロキのフードが脱げて月明かりに白髪部分がが照らされ透けて光る。


「……っ、おま……! 屋根の上で飛び跳ねんな! 危ねぇだろ!?」

「あははー……ゴメンなさい……」


 ロキは陽菜子を引き上げると、ホッと胸を撫で下ろす。その間も「にへへ〜♪」と笑っている陽菜子をジッと無言で睨みつけ、諦めたようにため息をつく。


「……お前、何笑ってんだよ。今、屋根から落ちかけたばっかりだろ?」

「いやぁ〜、だってですね〜♪ へへっ♪」

「おい、ブスみたいな顔が、その気持ち悪い笑いでさらにブスになるぞ」

「ブ……!? 酷い!!」


 陽菜子が口を尖らせてブーブー文句を言うと、「おー、不細工不細工〜♪」と煽るように笑ってからかう。

 しばし口論をした二人は、互いの顔を見合わせて『わっ!』と笑い合う。


「……まぁ正直なことを言うとですね、嬉しいんですよ。……ロキさん普通にいい人で優しいし、何だかんだ言ってセージさんのこと、すっごく大切で心配してるし」

「何だよ……別に優しくねーし、馬鹿セージなんてこれっぽっちも心配もしてねーよ!」

「いやいや、かなりの過保護だと思いますけど?」

「どこがだよ」


 陽菜子は「ひとーつ!」とロキの鼻先目掛けて人差し指を立てて伸ばす。


「ウチののヒロくんとあまり歳が変わらなそうなセージさんを探して、街中探し回ったり……」

「べ、つに……。用事があったからついでで、探してただけだし」

「そうかな〜?」

「そうだよ!」


 先程、散々からかわれた仕返しと言わんばかり、陽菜子はにニヤニヤと笑う。そして「ふたーつ!」と不敵な笑みを浮かべて中指を立てる。


「まぁコレはの話なんですけどね〜」

「何だよ、言ってみろよ」

「え〜、怒らないですか〜?」

「怒らねぇから言えって。むしろ言わない方が怒るぞ!」


 勿体ぶるような言い回しにイラついたロキは、腕を組んで胡座をかく。陽菜子は「じゃあ〜……」と言って口元に指を当てる。




「例えば『』とか、は……?」




 一瞬にして、二人の間には凍てつくような空気が流れる。




「……もう一度だけ聞くぞ」


 ロキの表情には笑みはなく、真っ直ぐと陽菜子を睨みつける瞳は、凍てつくように鋭く険しい。


「お前は一体、何者だ……?」




 そっと静かに流れ去る春風が、二人の長い髪を月明かりに乱反射させた。

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