第44話、大王の名を冠しそうなのに、たぶんきっとつくりもの
おれっちは、馬に蹴られてはたまらないと。
そのままこっそり踵返しその場を後にしようとして。
「しっかし、イレイズ国のヤツラ、彼女の正体に気付いてるのか?」
「どうかしら。少なくとも従者の一人は、何か思うところがあるみたいだったけど」「まさか、討伐の船に堂々と乗り込んでいるとは思わない……か」
が、その瞬間聞こえてきた二人の会話に、はっとなる。
彼女? 堂々と乗り込む?
誰の事を言っている?
まさか、ご主人さまのことか?
……いや、確かに髪の色も変え翼を隠してはいるが。
はたして、君が魔人族であるということが、この世界にとって隠さなければならないものかどうかは、断定できなかった。
だが、むしろ君は、あの覆滅の魔法器を使ってでも自らを主張し隠そうとしなかったくらいだ。
おそらく、二人の会話に出てきた彼女とは、君のことではないのだろう。
とするなら、今挙がるべき人物は……海の魔女、か?
それならば、まさかという言葉にも納得がいく。
つまり、海の魔女は、この船に乗っているということになり。
それを分かっている上で、そのままにしていると言うことになる。
となると、ベリィちゃんたちの目的は、そもそも海の魔女討伐ではない、ということになるわけだが。
「……ま、いずれにせよ、彼女に誰かしらついていれば問題ない、か」
「うまく尻尾を出してくれればいいんだけど……」
そんなやり取りは、少なくともおれっちたちと同じように、魔女を討伐するつもりでないことは明白で。
なれば、彼女たちの掴みたい尻尾とは誰のものか。
それは……必然と、イレイズ国の三人娘、ということになるのだろう。
出発前の挨拶も、作られていたように。
やはり二国の間には、何か確執があるらしい。
あるいはもしかしたら、船の男達の失踪の件ですら、魔女ではなく、相手を……イレイズ国を疑っているのかもしれない。
一見するに、そんな悪事を働くような子たちには見えなかったけれど。
だからこそ、猫に怪しまれようと言うもので。
そうであるならばと。おれっちは踵返し、君とイレイズ国の三人組に宛がわれたその場所へと、一歩踏み出す。
そして、もれなくして辿り着いた目的の場所であったが。
もう昼食をいただいてしまったのか、君の気配がなかった。
ううむ、入れ違いになったか。
おれっちを探してなければいいのだが。
『猫の隠れ家』は、この点においては不便だな。
だが、それならそれで好都合。
三人の時にしか聞けない話もあるだろう。
しめたものだと、先程と同じように抜き足差し足扉に近付く。
(……ん?)
だがしかし、彼女たちの方が緊張感があると言うべきか、あるいはやましいことでもあるのか。
部屋を囲むようにして、防聴防魔の結界……おそらくこちらの世界の魔法であろう……が張ってあるのが分かる。
ふぅむ。なかなかの魔法だ。
ちゃんと、防壁、聖域を破壊するに易い【光(セザール)】の魔精霊対策もしてあるようだ。
まぁ、結界があるとバレてしまっている点はマイナスだろうが。
加えて……。
「お客様、失礼いたします。食器の回収に参りました」
こうして、結界に気づけない人が、結界を通過しようとしたらどうなるのか。
答えは二つ。
ぶつかってひどい目に遭うか。
(消えたっ)
一時消した結界の隙をつかれて、あっさりと子猫の侵入を許してしまうことになる。でもまぁ、入り口がドア一つなのは入る方も危険なので、結界の内側に入るだけにし、さっきのよう聞き耳を立てる慎重さんなおれっち。
ご飯を部屋に持ってきてくれるとは本当に観光船なのだなぁ、なんて思いつつ。
給仕係の女船員が出て行くのを待ち、気配を消したまま木製の扉にぴたりと張り付く。
「……はぁ。何もしないって言っても、気が重いわ。一体いつまでかかることやら」「だいじょぶだよレンちゃん。おそくてもあしたの昼ごはんまでには帰れるから」「それはそうなんだろうけど……あなたの移動魔法、疲れるのよね。気持ち悪くなるし」
聞こえてきたのは、レンちゃんとジストナちゃんの会話。
はて、帰る? 依頼をほっぽって?
それとも、一日足らずで終わると確信しているのだろうか?
確かに、三人ともそれなりの実力を持っているのは伺えるが。
あるいは、おれっちたちと同じように、討伐するのではなく、話し合い説得でもする算段であるのか。
または、別の理由が?
海の魔女と繋がっている、と言ったことならば。
魔女さんはこちらとも知り合いらしいし、そうそう悪いことも起きないだろう気はするが。
何かそれ以外の、それ以上の意味合いがそこにある気がした。
生憎、おれっちには見当もつかなかったけど。
「はは。まだ慣れないんだ。頭と一緒に、三半規管も弱いんじゃないの?」
「キィエ、私に喧嘩売ってるわね?」
「まさか、そう言うキミの反応を本気で楽しんでるのに、喧嘩なんてするはずないでしょ」
「むきぃぃっ」
そんな思考も、姫にふさわしくない怒声で吹き散らさせる。
なんと言うか、気の抜ける感覚。
やっぱり、おれっちとしては悪い子たちには思えないんだけどなぁ。
なんて思った、その瞬間。
「魔物が、魔物が出ましたっ!」
そんな悲鳴に近い叫び声と、警告の汽笛が鳴り響く。
「なな、なにごと?」
「野生の魔物かな? これは想定外かも」
「……いや、これってきっと、魔女の仕業じゃないかな」
慌てる声、呆けたような声。推測の声。
言い終わるや否や、部屋から出ようとする気配がし、結界が消えるのを見計らって、おれっちも飛び出す。
目指すのは声の聞こえた甲板。
はたしてそこには、ついぞさっきまでなかったはずの、巨大な気配が出現していた。
駆け出し、船上のものたちの視線の先を追えば。
そこにいたのは、真っ白な体躯に、吸盤付きの触手を生やした、三角形の頭を持つ魔物であった。
その、作り物のようなぱっちりお目目と、肉感のない……風船のような身体つきさえなければ。
海の王と呼んでも、ふさわしいくらいの。
(第45話につづく)
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