第43話、犬は食わず、馬に蹴られるのならば猫はこっそり立ち去ります



自身の体調のあれこれで一喜一憂していても。

おれっちのひげと鼻は、ラウネちゃんの依頼で城に行って依頼ご無沙汰であった三人娘たちが近寄ってくることを察知する。


いや、正確にはウェルノさんやベリィちゃんたちの元へ、といったところだろうか。さりげなく前に出ようとするクリム君を、自然な動作で制するのは、唯一あの場に居合わせなかったウェルノさんだ。


一見すると全く違うように見える三人組であるのに、確かに感じる類似点。

それは、従わせるものと仕えるもの、という組み合わせ故か。

そんな中、朗らかで偉ぶらない様子のレンちゃんが、おれっちたちに優しげな笑みで一礼した後、さらにウェルノさんに深く一礼し、口を開く。



「お初にお目にかかります。イレイズ国の、レン・ライルと申します」

「あら、どうもご丁寧に。ウェルノ・ピアドットよ。こうして集ったのも何かの縁、仲良くしましょうね」


ベリィちゃんたち名乗っているはずなのに、敢えての挨拶。

それに、笑顔で余裕を持って返すウェルノさん。

お互い笑顔で、ぎすぎすした空気なんてこれっぽっちもないのに。


お互いの従者? が黙して睨みをきかせているように見えてしまうせいか、それだけでお互いの国の関係が浮き彫りになってくる。



「もちろんです。ここは一時お互いの国のことは忘れて、手を取り合い魔女退治と行きましょう」


これは後に知ったことだが、ロエンティ国とイレイズ国は、運河を挟んで正ににらみ合うような立地であるらしい。

河という言葉自体に好敵手という意味合いが含まれているのを、正にそのまま体現するが如く、である。


そう言うレンちゃんの言葉は、口調こそ丁寧であるが。

丁寧であるからこそ、わざわざそれを口にすることで、何だか白々しくも聞こえてしまう。



「ええ、私たちに拒む理由はないわ。まぁ、本当に退治しなくちゃいけないかは、直接会って話してから、ですけどね」


対するウェルノさんは、どこまでも自分のペースであった。

お互いの国同士のいざこざなんて、私たちには関係ないでしょう、とばかりに微笑んで。

手を取り合う、と言うことを実施するかのように手を差し出す。


なんていうか、こういった駆け引きにおいては、レンちゃんに余裕がない分、年期入ってるっぽいウェルノさんの方が一枚上手のようだった。


それでも、元々素直な子なのだろう。

反射的に、あるいは引き寄せられるように、ウェルノさんの手を取るレンちゃん。

文字通り握手の形となったそれに、どこか慌てたようにはっとなって手を離す。



「で、ですけど勝つのは……手柄を上げるのは私たちですからっ」


覚えておきなさい、とばかりに。

顔を真っ赤にして、思わず出てしまったっぽいそんな台詞をのたまうレンちゃん。

キャラじゃなさそうと言うか、なんていうかさっきからテンパリっぱなしだなぁ。ウェルノさんがそれほどまでに緊張する相手なんだなって考えると、彼女の立ち位置もいよいよ分かってきそうなものだけど。



「それでは皆様、お集まりくださーい!」


なんて、君と一緒に蚊帳の外でお互いのやり取りを眺めていると。

響き聞こえてきたのは、アイラさんのそんな声で……。





          ※      ※      ※





レヨンの港町において、それほどまでに重要で発言力のある人物であったのか。

あるいは、依頼人であるからこそなのか。

宿のおかみさん兼ギルド長の彼女が中心になって、魔女討伐を目的とした船は、思っていたより穏やかな海……運河を進む。


海と言っていいだろうと思えるくらいに距離はあるが。

水平線を縫うようにして、なだらかな緑の大地の輪郭が見える。


おそらく、それがイレイズ国の土地なのだろう。

率先して先頭に立つアイラさんによると、今いる運河の広がる、本格的に海へと続く地点で、船の沈没、男の船員の行方不明が相次いでいるのだという。

その場所では、変に濃い霧が発生したり、巨大な海の魔物の影を見たなどと言う証言があるらしいが、真相の程ははっきりしない。


続きアイラさんによれば、そんな噂の出所すら不透明で。

これは実際行ってみなければ、という思いを強くさせた、とのことだが。




(なんて言えばいいのか、とにかく穏やかなんだよなぁ)


涼やかな潮風。

強すぎず、絶妙なぬくぬく加減の太陽。

じっと海の向こうを、君と一緒に、君に包まれ見つめつつぼぅとしていると、あっという間に眠りの海の底に落ちていきそうな、そんな陽気である。


霧や靄がかかるような様子も全くなさそうで。

おれっちのできる限り、警戒の範囲を広げてみても、今の所水辺に暮らすような魔物の気配は感じられない。

逆に、不自然なくらいに、むしろ不穏な……きな臭い匂いは、むしろ船の中から匂ってきているような気がして。



「おーい、ティカさーん、お昼だって。一緒に食べない?」


時期良く、君の背にかかるは。

もう何度聞いたか分からない、そんなレンちゃんの声だった。

ちなみに、同じパーティと言うことで、彼女たちと一緒の四人部屋を、この依頼中の寝床として与えられている。


おれっちにとってみても、みんなと過ごすの吝かではないのだが。

迂闊に君と会話できないのが玉に瑕ではある。


だが、この機会は、君にとってプラスに働くのは確かだろう。

彼女たちともっと打ち解けるために、でしゃばるべきではないのは身に沁みていて。

おれっちは敢えて、一計を案じる。


『んじゃ、おれっちは散歩してくる。ご飯はどっかで調達するから』

「……気をつけて、おしゃ」

「みゃおぅ」


小声で、首元で呟くと。

しぶしぶ、といった感じに腕の力が緩む。

さっきまで頑なに放そうとしなかったのに、こうもあっさりしているのは、やっぱり君はおれっちの事を理解してくれているからなんだと思う。

ずっと同じ場所にいること嫌う、猫の散歩が孤独なものであることを。


……まぁ、実際は主の使い魔として、情報収集が必要だからなんだけど。

そんなこんなで、君と離れておれっちは。

猫の七つ技の一つ、『猫の隠れ家(ディブル・シーカー)』を駆使し、存在を薄くし大気に溶け込むようにしつつ、船の中を歩き回る。


目的は、出会い頭のもふもふとともに施しを受けること。

当然の如く、依頼を受けここにいる冒険者は元より、船員さんも女性であるので、おれっちのか弱い可愛さをもってすれば、簡単な任務であろう。


その際、愛玩の生ものを相手に口を滑らせてくれたりすれば、儲けものだ。

まぁ、知っている人の場合、ある程度おれっちに警戒している子もいるだろうし、基本は姿を隠しながらではあるが。


とは言え何故、こんな情報収集が必要であるのか。

それは、豪華な観覧船のごとき船内に、きな臭い匂い……嘘の匂いをいくつも感じ取ったからだ。


誰にだって隠し事の一つや二つあるだろうし、現に君もおれっちに何か隠し事をしている。

それは、生き物であるからして、当然のことと言えばそうなのかもしれない。


でも、何かあんまりいい気分じゃない。

またしてもぶり返してきたズキズキする身体の痛みに、押されるようにして、おれっちは愚かにもそれを暴こうと耳をそばだてる。

好奇心が、おれっちの襲うことないように、最新の注意を払いながら。



そうして、手始めに辿り着いたのは、客室の一つ。

ウェルノさんたち三人に宛がわれた部屋だった。

そして、ごめんと一つ謝った後、存在を薄くさせ耳を立てる。


どうやら、そこにいるのはクリム君とベリィちゃんらしい。

ウェルノさんの気配がないので、別のところにいるのだろう。


あの人手強そうと言うか、目ざとくて敏感そうだから、しめた今のうちとばかりに、もう少し声の聞こえる所まで、そろそろと近付いた。



「ああ……もう。熱いし、うざいし。もうヤメルぞっ!」


途端、聞こえてきたのは。

正しくも男らしい、クリム君の叫び声。

やっぱり本意ではなかったか。しかも、緑一点が目的での変身、変心ではなかったらしい。


その、聞き耳立てる必要もないくらい大きな声に、さてどうしたものかと二の足を踏んでいると、追随するみたいにベリィちゃんの声が聞こえてくる。



「何言ってんのよ。だったら来なければよかったのよ。あたしとウェルノ様だけで十分だったのに」

「……って、イヤだね。お前は少しでも目ぇ離せば何するか分かったもんじゃねぇからな」

「そう思うなら、最後までクリムちゃんでいればいいでしょ。どんな方法で海の男たちがいなくなったのかも分からないってのに!」

「……っ」

「……」


言い合いをしたかと思ったら、お互いに無言。

こりゃあ、あれだ。

傍からすれば背筋が痒くなるほどの二人の世界ってやつだな。


お互い素直になれず、いつも喧嘩越しだが、その実お互いを深く愛している。

何組かいたなぁ、こういう面倒くさい恋人たちが、ウチの仲間にも。


たぶん、そこから一層深く二人の世界に入っていくに違いない。

周りのがやがいなければ、お互いの距離を縮められると言うならば。

かなり年期の入ったつれあいなのだろう。

そんな、二人の盛り上がってる空間に素足で入り込むのも無粋と言うものだ。


ベリィちゃんの言葉遣いから判断するに、ウェルノさんはそれなりの地位があり、いろいろ知ってそうだから。


おれっちは、踵返しその場を後にすることにして……。



             (第44話につづく)






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