第42話、魂の色まで嗅げるからこそ、剛の者に震える
最近、眠る以外で意識を失うことが多いような気がする。
おれっちは、そんな風に変に冷静な自分のことを省みつつ、はっと目を覚ます。
「おしゃっ!」
瞬間、ぎゅうと抱きしめられ、頬寄せられる感覚。
君のぬくもりと、涙の気配。
『ティカ? どうした、大丈夫か?』
痛みが引ききっていなかったのか、その行為に鈍い痛みがおれっちを貫いたが。
おれっちは構わず君を見上げた。
どうやらそこは、宿の君に宛がわれた一室らしい。
まだ夜のようだが、一体どれほど意識失っていたのか。
試練は……出し物は、うまくいったのか。
そんな意味全てを込めて、おれっちは問いかける。
「大丈夫じゃない。おしゃ、倒れた……」
『……そうか。そりゃすまなかった。もう泣くな』
音すら立てずに泣く君に、おれっちのせいだなといたたまれなくなって、どうにかしようと必死に四肢を伸ばす。
そして、流れ落ちる涙をそっと舐め取った。
「お、おしゃっ!」
「うにゃうっ!?」
無意識の行動とはいえ。
確かにそれは、衛生面を考えるといかがなものかな行動だったかもしれない。
だけど君の反応は、予想の範疇を超えていた。
まるで恋人に不意打ちのキスをもらって、慌てふためくがごとく。
燃え盛る炎もかくや、と言うほどに顔を真っ赤にし、おれっちをぽいっと放った。
そしてそのまま、逃げるように布団にくるまってしまう。
「……みゃう」
猫相手に大げさなんだから。
いつもついて出る、そんな自虐的な軽口も出てこない。
ただただ、君のそんな反応の意味を考えて、身体の痛みがじわりじわり大きくなってゆくのを感じていて……。
※ ※ ※
おれっちの本能のままの行動により、結局うやむやになってしまったわけだが。
昨日の宿の出し物。
君の演奏会は、無事に上手くいっていたらしい。
拍手喝采の中、歓迎され、労われるはずだった君は、しかし意識失った(ベリィちゃんが言うには気持ちよさげに眠っているように見えたそうだが)おれっちに掛かりきりで、報酬をもらうことすら忘れていたほどで。
まだ、得体の知れぬ痛みが身体の芯に残っているなどとは、口が裂けても言えないなぁ、なんて思いつつも。
いよいよ、海の魔女討伐の依頼当日である。
多少なりとも弱っているおれっちに感じ入る部分があったのか、いつもの三割り増しで、しっかと君の腕に抱かれながら、依頼のための買出しなどの準備をすませて。
集まったのは。
海の魔女の、船への妨害が始まってから、久方ぶりに出るらしい、大きな船の止まっている桟橋であった。
戦いに出るためのものと言うより、飾りつけが派手な、観光、商業用の船。
故郷においては『虹泉』が普及しているせいか、船にうといおれっちではあるが、討伐を本気でするように見えないのは確かだった。
最も、それが狙いなのかもしれないが……。
そんな事より何より、今日の依頼のために集まってきた面子は、素晴らしいの一言に尽きた。
レンちゃんたち三人娘をはじめ、ベリィちゃんやウェルノさんは勿論のこと、集まったほぼ全てが、麗しく美しい女性たちであったからだ。
その体で集められたのだから当然と言えば当然なのだが、改めてこうして目にすると、感慨深いものがある。
女装がありならば、ほぼがつく原因となったクリム君のように、化粧技術なり魔法なりを使って、この素晴らしい状況を満喫してやろう、といった輩が、多く紛れ込んでいるんじゃないかとも思ってたけど。
おれっちが見た限りでは、クリム君以外はいないようであった。
それほど魔女とやらが危険視されているのか。
クリム君自身に、一時の恥をもいとわぬ確固たる信念でもあるのか、そういう意味では一安心、といったところである。
おれっちが見抜けないほど、というのはこの際考えないようにする。
知らぬが仏という部分もあるが、かつて二度ほど人間に騙されそうになったおれっちの経験からくる性別の見極めにおいては、猫一番の実力があると言う自負があるからだ。
魂まで女の子である、といったレベルでなければ、おれっちの目は誤魔化せない。それがどれほどの腕かと具体的に挙げれば。おれっちにとって大いなる安らぎ、その一つである女性の胸。
それが、服越しからでも本物か偽者かなんて判断するのは造作もない、といった程度で。
例えばちょうど前方、おれっちたちの集まりとは少し離れた所にいる、ちょっと間違った方向に高貴そうな女性。
これまた見事なくらいかさまししているのが分かってしまう。
その脇を固める取り巻きだか友達であろう人たちが皆、本物かつ君を追随するほどの大きさであるからして、余計にもうらしく(かわいそうの意)見えてしまう。
そんな、無理なんてすることないのにって。
なくたってぜんぜん構わないよって、慰めたくなってきたおれっちは、無意識のままに君の腕から抜け出し向かおうと思い立つが、しかしびくともしない。
もぞもぞするおれっちに気付いたのか、余計に力の篭る君の両腕。
「……っ」
途端、全身にずきんと響く、あの痛み。
「おしゃっ?」
「みゃみゃん」
思わず声を上げそうになる自分を必死に制御する。
この痛みが君によるものだなんて、死んでも認めたくなかった。
それでも目ざとく感づいて、名を呼ぶ君に、なんでもないとばかりに尻尾を揺らす。
おかげで、抱く力は緩んだけど。
おれっちがそこから動くことはなかった。
しばらくじっとしていたことで沈静化する痛み。
おれっちがそれに安堵していると。
ラウネちゃんの依頼で城に行って以来ご無沙汰であった、三人娘たちが近寄ってくるのが分かって……。
(第43話につづく)
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