第26話、絶滅危惧種、ある意味で同類に出会って




空から森を抜け、しばらくすると潮の香りと共に、青白く光る大海原が見えてくる。


どこかで耳にしたように。

一瞬、空から海の魔女の元へ向かえばいいんじゃないかと思ったが。

約束もあるし、ヨースの日記帳にはそんな選択肢は存在していないし、そもそも女の子だらけの船で旅するのは、おれっちにとっても吝かではないわけで。


尚且つそれを決めるのは君であり、その魔女のねぐらがある場所もおれっちは知らないのだ。

もしかしたら、翼で飛ぶには遠いのかもしれないし。



そんなわけで、結局おれっちはその事を口にしなかった。

人々と触れ合い、面倒ごとから逃げ出さずにいることが、この旅の目的であるからねぇ。

たとえ、そこに悪意や敵意が潜んでいるとしても。



『お、港町への街道っぽいのが見えてきたぞ。これで港町まで一本かな? これから人も増えるだろうし、しばらく黙るよ』


ここに来たばかりの頃は、口を挟むかどうか決めかねていたが。

喋らない方が、目的のためにはいいだろうと判断。

みゃおと一声鳴き、後は君の気のまま歩くままに任せる。

まぁ、ただの小動物兼愛玩動物だと思わせている方が、もふもふ的な意味で港町にいるであろうかわいこちゃん……げふんげふん、町人たちにうまく接触できるだろうという打算も働いていたわけだが。


君はおれっちの言葉にこくりと頷くと、静かに街道脇へと降り立った後翼を仕舞い、背筋をぴんと伸ばし、少し早めの速度で歩き出す。

会いに行くと自分で言ったものの、流石に緊張しているらしい。


最も、同年代の女性よりも背の高く、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる、おれっちの大好きな体型を生かすがごとく、颯爽とした立ち振る舞いで歩いているから、その緊張に気付けるのはきっとおれっちだけだろうという気はしていたけど。



そんな、ちょっぴり自慢げな気持ちになりながら。

おれっちは街道に入り舗装されたことをいいことに、君の腕の中から離れ、そんな君の視界に入るちょっと前をたしたしと歩く。

しばらくすると、行商人やら馬車つきのお金持ちに家族や、森へ向かうらしき冒険者たちとすれ違う。


当然と言うか必然と言うか、おれっちたちは注目の的だった。

まれに将来有望な淑女たちがおれっちを見た目通り猫と呼び、黄色い声をあげられることもあったが、そのほとんどは君に対してのものだ。



君はとびきりの美人さんだから、とにかく目立つ。

加えて、気ままな一人旅をするような人物に見えないのも、最近までの引きこもり生活がよく証明している。

陽の下にいるのには白すぎる肌、今は烏のような漆黒だが、そのひざ裏まで届くだろう髪の長さは、旅人にとんと似つかわしくなかった。


嫉妬と羨望、驚きに賞賛。

欲にまみれた視線のある一方で、拝み敬うような人たちまでいる。

その、十人中十二人が振り返ると言われる絶対の美には、本人に対しての得になるものなんて僅かばかりのものだろう。


むしろ、損になる事の方が多いくらいだ。

それこそ、世界の人柱になっていたかもしれないくらいに。


それでもまぁ、今のところすれ違う人たちに、君をどうこうする気配がないのが救いだろう。

あの、森に入った団体さんも、別に君を追い立てるってわけじゃなかったのなら、もっといいんだけど。


ふいに気になって立ち止まり振り返れば。

そう言う不特定多数の視線、届くか届かないかの声に慣れていない君の、今にも泣き出しそうな顔。


おれっちじゃなければ、少し影のある冷たい表情に見られるそれ。

もしかしたら、君は自分が注目される理由があるという自覚がないから、何か勘違いしているおそれもある。



と、タイミングがいいのか悪いのか。

森に向かおうとしていたのか、いかにもな若いチンピラ風の男供三人組が、近付いてきた。


勿論目的は君だろう。

だがそれは、当然君が危惧しているようなことじゃなかった。

案の定、ニヤニヤとした欲望丸出しの顔で近付いてくるのが良く分かる。

ならば、とばかりにおれっちはそいつらを追い払おうと、背中の毛を逆立てて威嚇する。


この時点では、その表情はともかくとして彼らは何もしていない。

故に威嚇して追い払う理由は、単純におれっちの独占欲のみであったが。



(……ん?)


確かにその表情は、美しいものにたかる蝿の如く、気持ちは分からないでもないありがちなものであったが。

近付いたことで気づけたその瞳。


何故だろうか。

心ここにあらずというか、意思の光が見えないというか。

それはまるで……。



「君、可愛いねぇ? 一人旅? 最近町も物騒だし、オレたちが案内してあげようか?」

「美味しい料理を出すイイ宿知ってるよ。連れて行ってあげる」

「へ、こいついっちょ前に威嚇してやがるぜ? 君の使い魔か何かか?」

「……っ」


見た目通りのあまりにあまりな紋切り型のチンピラ像。

我らがユーライジアでは治安が取り締まられすぎて最早絶滅危惧種の輩だ。


珍獣的な意味では、なるほど、異世界に旅しに来た甲斐があったかもしれない。

だが、当然おれっちが息をのんだのはそんな事じゃない。

出される言葉と心ここにあらずなその瞳に、震え来るほどの違和感。


「あ、あの……その」


それに対する君は、その異常に気付く余裕もなかったのかもしれない。

何せ、そんな風にお手軽に声をかけられたことすらほぼないに等しかったからだ。一度に話しかけられ、ただおろおろしていた。

言葉面だけで判断すれば、邪険にすればこちらに否があると思われてもおかしくないし、そもそも対人対応初心者の君のは、適当にあしらうなんて、高等技術だろう。


「怖がらなくていいよ? オレたち見た目ほど悪人じゃないからね」


おちゃらけ気遣う素振りをしてみせながらも、言葉とは裏腹にじりじりと近付いてくる三人組。

どうも君の魅力にやられ歯止めがきかなくなっているらしい。

一見して、そんな風にもとれるそれ。


何度も言うが気持ちは分からなくもないし、今後人付き合いをしていく上で、こういった輩のあしらい方を覚えることも必要だろう。


そんな風に。

その辺りのことを、もっとしっかり話し合っておくべきだったかと気を逸らしたのが、そもそも間違いだったようで……。



             (第27話につづく)






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