第25話、ばつを受けたがりのきみに、全力でうにゃっと抵抗する



おれっちは、早速とばかりに猫の七つ技の一つ、『猫の嗅覚』を発動する。


視て嗅ぎ取るのは、おれっちの周りにある生き物の気配。

元々獲物(可愛い女の子たち)を捜し求めるために備わっている力ではあるが。

今や狩りなどしなくても三食昼寝つきの快適生活なので、この技は一方で、この愛すべき縄張りに入ろうとするものを看過する力でもある。


案の定、おれっちの『鼻』は、この森に入り込んでくる大勢の人間達の姿を捉えていた。

気のせいではなく、こちらへ向かってくる感覚。



『……ちっ、そういうことなの、か?』


思わず出る悪態。

それは、ステアさんにさらわれた女の子を保護し、留まることなく帰っていったレンちゃんたちに向けられたものだ。


まだ、そうだと決め付けるのは早計ではあるのだろうが。

偶然にも森の恵等を採りに来た団体様が森に入ったと考えるよりは、可能性が高い気がしていた。



「おしゃ、どうしたの?」


態度の悪くなったおれっちを伺うような君の問いかけ。


『ティカ、人ごみ苦手だろ? えらいたくさんの人がやってくるぞ。山の幸を……みんなで採りに来たのかもな』

「……いきなりたくさんの人は、困る」


今後、人と接し、人を手助けするようなことをしていかなくては、愛しの王子様に会えないとしても。

人間が……特に善人が苦手な君は、途端に眉を寄せる。

これが、自分を退治しに来た人間(だから善である、と言うわけではないが)が押し寄せてくるなどと言えば、君が納得してしまう恐れがあるのは、おれっちにとっては何より怖かった。


と言うより、君はある程度気づいていたはずだ。

その目的が、山の幸を採りに来たわけじゃないことくらいは。


心配顔なのは、おれっちを思ってのこと。

ならばおれっちは、それを存分に利用しなくてはならないのだろう。



『あるいは売れば破格の値段がつく、おれっちのことを狙っているのかもしれん。真正面から付き合ってやることもない、空へ逃げよう。あの雲の上に』



三色猫に紳士にして漢はほとんど存在しない。

希少な魔精霊として、お高くつくのは事実である。

そもそもこの世界に純然たる魔精霊が存在するかどうかは不明だが、似たようなのはいるだろう。


それは、君がいなければ、か弱いおれっちはもれなくあの世行きであろうという脅し。

ヨースが君におれっちを預けた時に口にした、君を生に繋ぎとめる楔でもある。



「……うん。分かった」


迷いなく、即答する君。

感じるのは、自分の我侭さばかりであったが。

それに自嘲めいた鳴き声を上げるより早く、その場に満ちるは【風(ヴァーレスト)】、【闇(エクゼリオ)】の気配。


それは、君の翼が顕現した証。

それに圧され、必然的に君の腕の中で丸くなったおれっちは、久しぶりの遊覧ではない、飛翔を体験する。



気付けば、にゃっと言う間に雲の上。

その雲を縫ってゆけば、絶景が広がることだろう。

だろうなのは、上れば上るほど強くなる風の圧す力のせいか。常に反発しあっている、おれっちと君の魔力の均衡が崩れるせいなのか。

いつもいつも、すぅっと眠るように意識を飛ばしてしまうからで……。





それから、感覚的にはそれほど時間経たずに、おれっちは目を覚ます。


「おしゃ、おはよう」

『おお、さぶっ。まだ空の上か。……で? このまま向かうのはレヨンっていう港町でいいのか?』


あの大群がおれっち……君が目的であったのならば。

森で出会った三人娘に、君に対する何か思うところがあったのならば。

そこへ向かうのは得策とは言えない。



「うん。……約束、したから」

『そっか。そりゃ約束はやぶれねーよな』


だが、君がそう言うだろうことは、これでも付き合いの長いおれっちにとって分かりきったことで。

しがない愛玩動物でしかないおれっちは、ただそう頷くしかない。

そして、少しばかり窮屈になっていた位置取りを変え、再度君の腕の中に落ち着く。



その時生まれたのは、使命感。

再会し、同じ依頼を受けることを約束したレンちゃんたち。

たとえそれが建前で、君と海の魔女との関係に気付き、彼女たちの進言で多くの冒険者たちが山狩りにやってきたとしても。

それでも君は、彼女たちに会いに行くと言っている。


それらがおれっちの勘違いで、考えすぎならいいのだけど。

例えその通りであっても、君にしてみればそれはある意味望むべくもの……贖罪と言えるのかもしれない。


ならば、おれっちは、それを邪魔してやる。

……なんて思いつつも、君の罰を受けたがる性分を知っておきながら、迂闊に人間に近づいたことへの後悔がおれっちを占める。


それまで人が近づくのも嫌がっていた君が、彼女たちとすんなり対応できた理由。

おれっちはそれを、異世界へと一歩踏み出して、吹っ切れたのとばかり思っていたけど。



君が彼女たちに触れ合えたのは。

君が『理解』できる存在だったからなのかもしれない。


罪を憎んで人を憎まず。

ユーライジアでの君の周りの人たちは、そんなことを地で行く、魔人族の君にとって理解できない人間ばかりだったから。


……まぁそれも結局のところ、おれっちの考えすぎ、だったんだけど。



            (第26話につづく)






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る