第22話、猫は死の気配に気づけないと言うけれど、彼の場合は違っていて




ユーライジアという世界においては、最早当たり前に近いことではあるが。

思えばおれっちにとって大分久方ぶりな異世界旅行。


何があるかも分からず、寝床一つとったってまともに確保できるかどうか。

なんて危惧していたのは昨日の夕方までで。

君の知り合いであるお犬様のステアさんのご厚意により、妹ちゃんの住むお屋敷と比べてもなんら遜色のない、ふかふかのベッドと温かいごはんをいただけて。

幸先いいなとお気楽な心持ちでいたのは寝床に就くまでのことだった。


何故ならおれっちは、ぬくい布を敷き詰められたバスケットの中で、寝に入る前の儀式のごとく、今日一日あったことをいろいろと考えていたからだ。


それは、おれっちのどうしようもない癖のようなもの。

思い込みであるのならそれに越したことはない、石橋を叩くかのような妄想にも似ている。


この世界は、ご主人さま……君の故郷。それはいい。

だが、おれっちが見る限り、君に対し不穏な空気が漂っている気がするのだ。


まず、この世界で初めて出会った少女のこと。

君は、知り合いのように少女の名を呼んだ。

海の魔女である、とも。


でも、君自身ですら、それは確信の持てない曖昧なもので。

そこには、世界同士の時間の進み方の違いもあるのだろうが。

対する、ファイカと呼ばれていた少女は、おれっちの見立てではやはり君のことを知っているようであった。

と言うより、引っ込み思案で人見知りする君が知っている人だと言うくらいなのだから、それなりに付き合いのあった人物であることは想像に難くなかったわけだが。


そんな彼女は、こちらの話もろくに聞かずに、立ち消えてしまった。

彼女が、魔法等で創られた分身であったことは、予想できる。

喋るおれっちに驚いて集中が切れてしまった、なんてこともあるかもしれない。


でも、どこか腑に落ちなかった。

何か別のものに驚いているように見えたのだ。

いや、何かなんてはぐらかす意味もなく自明だろう。


彼女は君を見て驚いていたのだ。

そこには少なからず、畏怖めいたものもあって。


それがおれっちには、時間軸が違うことで急成長したように見える君に対してのものにしては、違和感があった。

それは、レンちゃんたち三人組もそう。

一見なんでもない会話をしている時だって、彼女らは明らかに君に警戒していた。

まるで、君に何か警戒すべきものを幻視しているかのように。


特にキィエちゃんは顕著だったように思える。

それは、おれっちの知らないこの世界での君を、彼女たちが知っているような……そんな感覚で。



故にどうしても勘繰ってしまうのだ。

もう陽が暮れるというのに、一足先に港町へと向かった彼女たちに。

依頼主を安心させるためだけじゃない、他の理由があるのではないかと。


更に、お犬様のステアさん。

ここまで良くしてもらって、疑心を浮かばせるのは忍びなかったが。

はたして目や髪の色が同じだというくらいで、君と別の子を間違えるだろうか。


しかも、君の髪色は魔法で変えられたものであり、元々は別の色。

おれっちには、それはが何かを誤魔化すための拙い言い訳にも聞こえた。

第一、鼻がきき理性があり、言葉を操る彼女がそんなミスをするなんて、どうもしっくりこないではないか。


実際、この屋敷を訪れたものが君でなければ、あのぬいぐるみたちの攻勢は止まらなかっただろう。

攫った少女を、傷つけぬようもてなしていたことも含め、他に何か意図があったのではと考えるのが自然な気がした。



そして、ヨースのあの日記。

星を集めるための本。

ステアさんのお屋敷に一泊する際、またしても光っていたそれ。

拝見してみれば、『課題クリア、星三つ獲得』と追加されていた。


まだ先は長いが、どうにも流され引っ張られているかのような感じは否めない。

まぁ、その事に関して言えば。ヨースが君のためを思っているだろう事は確信を持っているので、星を集めることを否定することもないわけだが……。



そんな風に考え込んでいたら。いつの間にやら眠りこけていたらしい。

気付けば次の日。

ふわふわのバスケットの中で、眠っていたはずのおれっちは、それ以上に柔らかな感触とぬくもり、ミルクのような甘い香りに包まれ……窒息、あるいは圧死しそうになっている自分に気付かされた。



「みゃぁぅんっ」


そう、それこそが死を孤独に迎える猫の習性に反した、おれっちの死に場所。

でも本当に死んじゃったら元も子もないので、呼気を吐き出すみたいに鳴いてみる。



「っ……ヨース?」


多分、まだ寝ぼけているのだろう。

だけどそれは、愛しいものを呼ぶ声。


……正直複雑な気持ちではあったが。

そこで、自然と反応する尻尾の色づいた部分を掴まれる気配。

ぱりっと、君とおれっちの魔力が反発する感覚。


『みぎゃっ、いた、いたいって!」


それを抑えるために、仕舞いにはほとんど悲鳴に近い声でそう叫ぶと。

君はようやく我に返ったようで。あれよあれよという間に、両手で胴を挟まれ、気付けばおれっちは再び君の腕の中。



『どうしてティカのベッドにおれっちがいる訳?』


抗議の意味も込めて見上げながらそう言うと。


「……違う、おしゃが入ってきたの」


たわわな谷間の向こうでそっぽを向き、赤くなってそんなことを言う君。

とてもじゃないけど、猫に対し反応ものとは思えないよな、なんて考える一方で。

なんという可愛い嘘であるかともだえるおれっちがいたりして、思わず全身の毛が震える、まさにその瞬間。


君の外見にそぐわぬ荷物袋(ちなみにこれも妹ちゃんお手製の大きなやつだ)が、煌々と光を発した。



「……っ」


おそらく、ヨースの日記帳が、また新たな文字を浮かび上がらせているのだろう。君ははっとなり、片手でおれっちを抱えたまま荷物に手を伸ばす。

案の定、鼓動のごとき拍子を刻むかのように、明滅を続ける日記帳。

君は、ページをめくるのを躊躇わない。


基本、動きの緩慢な君にとってみれば、それは急いでいる、あるいは焦っていると思われてもおかしくない行動。

まぁ、単純にヨースからの反応が嬉しいだけなのかもしれないけれど。



「……」


じっと、炎でも灯りそうな勢いで、日記を見据える君。

例のごとく、桃源郷を抜け出し肩口から覗き込むと、そこには新たな『星』を獲得するための指令が下されていた。



今回新たに書き足されていたのは、主に三つだった。


一つ目は、『冒険者ギルドに登録する。獲得星数、二つ』。

二つ目は、『友達を作る。獲得星数、一人につき一つ』。

そして三つ目は、『船旅に出る。獲得星数、二つ』、というもので。


なんか最初と書き方が違うというか、だんだんと曖昧になっているというか。

なぁなぁになっているというか。


ふいに顔を上げ、君の顔を伺ってみると、眉がきゅっとなっている。

君が自身の罪悪感を乗り越え、立ち上がるためにということが、ありありと伺えるそれ。


特に友達を作るなんてことは、君にとってみればかなりの難業に違いない。

血を分けた肉親である妹ちゃんですら、共にあることを良しとしていなかった(自分が悪いという理由で)し、ほんの少しの間とはいえ、レンちゃんたちと行動を供にできたことですら、相当頑張ったなって褒めてあげたいくらいなのだから。



             (第23話につづく)






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