第21話、物語が始まらない流れを、脈々と受け継いで、一日が終わる




闇のヴェールに包まれ、言葉足らぬままに待ちぼうけをくらって。

その闇が晴れたかと思ったら、既に何もかも解決してしまっていた。


レンちゃんたちにしてみれば訳が分からないし、拍子抜けもいいところだろう。

ただ、そのそも彼女たちが請け負った行方不明……攫われた子供は無事だった。

赤みがかった長い長い黒髪の、言われて見れば確かに君に似ていなくもない小さな女の子。

甲斐甲斐しく世話を焼くたくさんのぬいぐるみたちに囲まれて、眠っている。

その眦には、涙の跡があって。


ただ今、キィエちゃんたちも加わって、動いて喋る犬を詰問する体勢。

目線で君が問えば、ステアと呼ばれたお犬様は、犬の癖に困り果てた様子を見せつつ前足で頬をかいた。



「長い黒髪に、赤い瞳。一人で寂しそうにしていたのを見て、愚かな私はいなくなったお嬢様だと確信してしまったのです。悪いにん……いや、者たちに目をつけられぬうちにと、わが屋敷へとお連れしたまではよかったのですが」


切なげに話すお犬様に、感じ入って聞き入るのは君だけ。

レンちゃんは喋る犬に呆然とし。ジストナちゃんはそこにいる全ての動くぬいぐるみに目を奪われ。キィエちゃんはそんなお犬様をじっと、何かを探るように見つめている。


「母君と父君はどこかと、お泣きになるのです。私はそれにどう答えてよいものか分からず、温かなミルクを用意し、お眠りになるまで子守唄を歌うことしか、術がなかったのです」


まるで乳母のような声で、ステアさんは曖昧に言葉を濁し、俯く。

言葉濁したのは、そのいなくなっていたお嬢様が、目の前にいるからだろう。


母君と父君がどこにいるのか、それは分かりきっていたし、言うのも憚られたからだ。

ただ、その時おれっちは、いなくなったという部分に首を傾げていた。


この、ジムキーンなる世界のことを故郷だと言っていた君。

両親について『虹泉』でユーライジアへとやってきたのかと思っていたが、話を聞く限りでは違うようにも思える。


思い起こせば、確かに君の家族はユーライジアでも物理的な意味でばらばらだったような気がして。

その訳を聞こうと顔を上げるが、至極申し訳なさそうにステアさんを見つめる君を見ていたら、それは言葉にならなかった。


君以外の人がいる場所で、迂闊に喋るべきではないと。

ステアさんの態度で予感めいたものを覚えたせいもあっただろうが。



「あの、そのぅ。こう言っちゃなんなんだけど、その子、あなたの言うお嬢様じゃないのよね。捜索依頼が町から出てるの。ぬか喜びさせちゃったみたいで悪いんだけど、その子のお父さんもお母さんも、待ってるから」


そこに、重い空気を破ることにいたたまれなさを感じながらの、レンちゃんの言葉。


「そのようですね。勘違いとはいえ罪は罪。しかるべき罰を受けるつもりでございます」

「あ、いや。そういう事を言いたいんじゃないんだけどさ……」


しゅんとうなだれるようにステアさんが言うから、レンちゃんはひどくうろたえている。


「そのお嬢さま? いなくなっちゃったのならさがそうか? まだちょっと時間あるし」


続くのは、なんだかんだいって話を聞いていたのか、親身な様子のジストナちゃん。

レンちゃんをフォローするつもりだったんだろう。

そんな二人に、キィエちゃんは何か言いたそうにしていたが、口を挟むことなくステアさんを見据えている。


「ありがたい言葉をいただきまして。ですがもうよいのです。お嬢様は見つかりましたので」


当然のように、そう言うステアさんの視線の先には君がいる。


「え? ティカさんがそのいなくなってたお嬢様なの? だ、だってぜんぜん違う……こともないのか。年の離れた妹さんってくらいには似てるかもね、うん」


確かにレンちゃんの言う通り、今のティカと眠る少女を、同じ人と勘違いするには無理があるだろう。

それでも自分自身を納得させようと努力しているところなんか、彼女の人のよさを伺わせる。


「どじっ子なわんちゃんだね、でもよかったじゃん。ティカちゃんに会えたんだから」

「ふふ。そうですな。お嬢様の無事を確認した以上、これで私めに心残りはありません……」


ジストナちゃんとしては、これで何もかも解決、と言う意味での朗らかな言葉だったのだろうか。

どこか卑屈なステアさんは、終いには寂しげな笑みすら浮かべる始末。

喋るお犬様はそんなことまでできるのかと、おれっちが内心で感心していると。



「なに言ってるのよ。誘拐犯は犬でした、なんて言ったって、まともにとりあってくれるわけないでしょ。この子は森で迷子になって、たまたまそれを親切な人が見つけて、一日泊めてあげた。それでいいじゃない。何事も起こらず、めでたしめだたしよ」


言っているのはとても慈悲深いものなのに、そっぽを向いて怒ったようにキィエちゃんが言うから、それがおかしくてどうにも笑みが出る。

それは君から、レンちゃんやジストナちゃんにも伝播して。


「なによぉ、何がおかしいってのさ!」


顔を真っ赤にして怒り出すキィエちゃん。

それを、まぁまぁ、とみんなで宥める。

多分それは、キィエちゃんたちが日々繰り返す、当たり前の暖かいもの、なんだろう。


その雰囲気に、自然と君の無表情が彩られ塗り替えられていくのが分かって。

そんな彼女たちの仲間に本当の意味で迎えられたのならいいのになぁって、ちょっと思った。


思う一方で寂しい気持ちになるのは、これで自分としゃべる機会も減るだろうな、なんて自分勝手なことを考えてしまったせいなんだろう。



そんな、心内だけの我が侭が届いたからなのかは定かじゃなかったが。

積もる話もあるだろうということで、キィエちゃんたちとは一旦別れることとなる。


なんでも、ティカに似た小さな子、ラウネちゃんをすぐに親元に送ってあげたい、とのことで。

海の魔女討伐の依頼の締め切りまではまだあるらしく、ゆっくりしていけばいいと言われたからだ。


正直ありがたかったが、同時におれっちは引っかかるもの覚えた。

これも『猫の知らせ』か。

三人を行かせたら君に悪いことが起こるような、そんな気がしたんだ。


だけど、おれっちはそこまで考えてぶんぶんと首を振った。

これはきっと嫉妬だ。

君取られたくないと思うおれっちの卑しさがそんな気分にさせたに違いない。

そんなおれっちを不思議そうに見る君になんでもない、と軽く頷いて見せて。




「それでは、お嬢様、ごゆっくりごつくろぎくださりませ。腕によりをかけて美味しいものを作りましょう」


お犬様の腕に掛かるものとは一体どんなご馳走なのかと。

期待と不安で一杯になる、そんな異世界一日目の夜でなのあった……。



            (第22話につづく)






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