第15話、仲良しとりどり三人組は、新たなばしょ、たりえるのか
おれっちは、君が溜めて我慢して限界がきていそうな感情が発せられる前にと。
いよいよもってぎらりと瞳輝かせ、ざらざらの舌を出す。
「……っ!」
レンと呼ばれた、橙色の髪の少女は。
本能的に危機を察知したのか、息をのみおれっちを手放そうとするも既に遅し。
いざ、まだ見ぬ楽園の最奥へ!
おれっちは、舌舐めずりをする勢いで小さな身体を精一杯に伸ばして……。
がしっ。
その瞬間、背後から黒いオーラとともにむんずと片手で捕まえられるおれっち。
まさしく魔女のごとき、とてつもなく長く見える君の指が、おれっちの両腕、両足の下へと入り込む。
下手すると、か弱い子猫の内臓を傷つけてしまいかねない危険箇所。ナイフを首筋に当てられたに等しいおれっちは、両手両足をぴんと伸ばし硬直するしかない。
為す術なく、新しき楽園から離脱。
そのまま、最期の地と決めた我が家……という名の君の腕の中へと戻される。
「……うちのおしゃが、ご迷惑を」
「え? あっ、いえ。ははは」
「……っ」
「うわ、びっくりした」
無表情のまま頭を下げる君に、ひきっつった笑みを浮かべる橙弓士の少女。
案の定、突然現れた君に驚いているようだが。
すんでのところで助けられたせいか、何故突然現れたのかまでは、考えが及んでいない様子。
警戒心が強いのか、向日葵色ショートの子は、それでもまだ気を抜いていない感じだったけれど。
おれっちは、ほんの一捻りでお陀仏しかねない状況ながらも、内心でほっと一息つく。
「みゃぁうん」
さぁ、これで知らない人と会話する流れに乗っていけた。
本の指示通りに、森にいる誰かの手助けできるかもしれない。
後は君次第だと、おれっちはこれ以上でしゃばらないよって言う事を示すように、一声鳴いた。
人見知りの激しい君が、それでも人と会話をせざるを得ない状況に持っていかれたことに気付いたのは、それからすぐのことだったに違いない。
おれっちは緊張で心なしか体温が上がっている気がしなくもない君の腕の中で、その一部始終を見守った。
つい我慢できなくなって口を出してしまいそうになる場面もいくつがあったけど。
人付き合いが苦手であることを、相手の彼女たちが理解してくれたのが大きかったんだろう。
突然現れ、結果的に彼女たちの仕事の邪魔をしてしまった(どうやら彼女たちは、ギルドの依頼で、あの『魔物』を追っていたらしい)事などで初めは警戒されている部分もあるにはあったのだが、彼女たちと同じようにあの魔物……ぬいぐるみたちを追っていたことを君が何とか口にすると、最終的には一緒にあの魔物を追おうということに落ち着いた。
それは、目的を達成した際の報酬が目減りすることに渋っていたお洒落な弓士のレン・ライルちゃんに対し(正式に依頼されてわけでもないし)、別にいらない、と返した君の言葉が決定的だったのだろう。
おれっち個人的には、何があるかも分からないし、もらえるものはもらっておいたほうがいいんじゃないかなとも思ったけど。
君にしてみれば、森にいる魔物に対するヨースの日記の指示が気になってそれどころじゃなかったのかもしれない。
森にいる魔物を退治すれば、星が減ってしまう。
それはつまり、魔物を退治してしまうとヨースに会う機会が遠ざかってしまうということ。
あるいは、君にとってよくない未来の選択の可能性もある。
だが、そこではらむ矛盾。
彼女たちの手助けが魔物を退治することであるならば、果たしてそれを手伝っていいものなのか。
仮に両方成功した場合(成功と失敗の基準はまだよく分かっていないけど)、結果だけ見れば、星を一つ得ることはできるにできるのだが……君はそれで納得しないだろう。
現れた魔物が、知り合いの使い魔かもしれないとなると尚更。
「……どうしてあの魔物を追っているの?」
結果、君が身を絞る勢いで口にしたのは、そんな言葉だった。
内容如何によっては、共に行動することも考えなくてはいけない。
表情の乏しいその低い言葉は、聞く人が聞けばそんな威圧を与えかねないものだったけれど。
「どうしてって、討伐以外に、何かあるの?」
不思議そうに声を上げたのは、向日葵色ショートの、キィエ・ルッカと言う名の女の子だった。
自らの身一つで戦うのを信条にしているのか、得物どころかその小さな体躯の割に随分と扇情的というか、薄着だった。
武闘家かあるいは舞踏家なのか。
もふることができればある程度は人となりが分かるかもしれないが、あいにく今はがっちり君に抱きしめられているため、それも適わない。
ただ、その可愛らしい見た目の割に、そのトパーズの輝石めいた瞳には、獰猛な獣のような色が見え隠れしていた。
そんな態度を極力出さないようにはしているようだけど、やはり突然現れた君のことを警戒しているんだろう。
もしかしたら、ほんの一瞬ながらも溢れ出そうになった君の魔力の奔流に気付いていたのかもしれない。
そうなると、こちらとしても彼女が一番警戒すべき相手か。
おれっちが、そんな事を考えているのを知ってか知らずか。
キィエちゃんは、自然な動作で小首をかしげ、そんなことを聞いてくる。
君があの魔物を追っていたこと。
随分とあっさり受け入れてくれたから少し不思議に思っていたのだが、どうやらそれには周知の理由があるらしい。
「……見たことがあるような気がしたから」
厳密に言えば、あれは魔物ではないかもしれない。
知り合いの使い魔かもしれない。
君はそこまで口にしたかったのだろうが、口から出てきたのは傍から見ればよく分からないものだった。
「え? あなたあの魔物のことしっているの? このあたしでさえしらなかったっていうのに」
ただ、それはそれで通じたらしい。
一見偉そうな上から目線なのに、全くそんな雰囲気を感じさせないのは、キィエちゃんよりも更にちっちゃな女の子……ジストナ・ティックちゃんだ。
女の子だけの冒険者と言うのも珍しいけど、特に彼女は心配になるくらい幼い印象を受ける。
かなり長いだろう菫色の髪は、それを如実に現すがごとくのシニヨン。
大きな藤色の瞳は、常に潤んでいるようでもれなく父性や母性といったものを刺激する。
口には出さないが、きっと君もやられていることだろう。
なんとなく、小生意気なのにそれがぜんぜん気にならないところなんかが、妹ちゃんを思わせるからだ。
「あの子たちは魔物じゃない……と思う」
「魔物じゃない? それってつまり誰かの使い魔ってこと? それとも魔法生物?」
ある意味既に一番馴れ馴れしいというか、心を許してくれている感のあるレンちゃん。
矢継ぎ早に放たれるその言葉に、どちらの可能性もあるといった様子で頷く君。
その口ぶりで判断するに、使い魔とはおれっちたちの世界でも通じる、『従属魔精霊』=おれっちみたいなもののことだろう。
となると魔法生物とは魔法そのものによって作られた仮初めの生き物のことか。
不意に思い出すのは、妹ちゃんが好んで侍らせていた、火の星の人と呼ばれる軟体生物。
『火(カムラル)』の魔力そのもののくせに、治癒の魔法をかけて回るおかしなやつのことだった。
まぁ、それはともかくとして。
厳密に言えば、魔物も使い魔も魔法生物も、魔力が根源であることには変わらないのだろう。
あえて違いをあげるならば、人間に対する立場だろうか。
先程見たものは、人間を捕食の対象にしか考えていない魔物ではなく、人の傍にいるもの。
ようは、君はその事を言いたかったのだが。
冒険者たち三人の雰囲気が変わったのは、君が頷いてすぐのことだった。
(第16話につづく)
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