第14話、怒りの感情でさえも、漏れなく食らうのは猫だけでいい
何を隠そうと言うか周知の事実とも言えるけれど。
ああいったもこもこした小さいものが大好きな君。
もこもこで部屋を埋め尽くす妹ちゃんよりは幾分ましだけど。
ある意味、おれっちの好敵手と言ってもいいかもしれない。
君にしてみれば随分勢い込んでそれらに近付いてゆく。
よくよく見ると、いっちょ前に綿と布で出来たその手に小型の槍を持っているのが分かった。
その様は何かを守る兵隊、といった感じで。
「……おしゃ」
小さく、おれっちにだけ聞こえるような君の呟き。
それは、魔法解除の合図。
おれっちは言われた通り魔法を解除しようとして。
(……むむっ、これはっ?)
おれっち達の背後、おれっち達のように、彼らを追うものがあったのだろう。
確かに感じる、複数……三人の、美女美少女のかおり……じゃなくて気配。
こんな魔力の匂いがきつい中で、その気配をかぎ分けるのは、その事に九分九厘嗅覚を使い、日々鍛えているおれっちには容易なことだ。
どれほどのものかと言えば、一度嗅ぐことでその子の大まかな感情、体調まで分かるといった具合だ。
それこそが、七つある猫の取っておきの一つ、【サーチ・スーミール】。
またの名を『猫の嗅覚』。
その自慢の能力により、おれっちは三人のうちの一人が、今まさに何をしようとしているか、手に取るように理解できて。
ヒュッ!
その瞬間放たれたのは、鉄らしき鏃のついた一本の矢。
それはぬいぐるみ目掛けて……その斜線上に姿隠して佇むおれっちたちに向かって飛んできた。
ちゃんとした魔法を繰り出す為の『文言(フレーズ)』を口にする猶予はなかった。
なんとも運が悪いというか、普通はありえないだろう状況に身体が反応したのは、君の不幸体質とまではいかないにしても、そういった類のものに慣れていたせいもあったのかもしれない。
『【サーク・シール】っ!』
「……っ」
円潤なる盾。オカリーの一族をそう証したのは誰だったか。
おれっちは、君の手から離れ、【光(セザール)】の魔力を解放しつつ一回転。
これぞ、早くも七つ技のその三、『丸くなる猫』。
突然、苦手な魔力の放出に驚いた君が体勢を崩すのを見届けるより早く、吸い込まれるように矢がおれっちに向かってくる。
タイミングはぴったり、刹那出現した円形の盾は、矢の軌道を逸らすと蜂のぬいぐるみからも僅かにそれて、木々に掠って消えてゆく。
……いや、もしかしたら初めから威嚇するだけのつもりだったのかもしれない。
おれっちに当たらなければ、木にまっすぐ突き刺さっていた軌道だった。
これは、かえってややこしいことになったかもしれないな、なんて思いつつ。
おれっちは矢を受けた衝撃を殺すようにしてそのまま弾き飛ばされ、ごろごろ転がってゆく。
地面は思ったよりぬかるんでいて。
大事な一張羅がぁと内心嘆く一方でざっと辺りを見やると。
突然現れたおれっちと降って沸いた矢に驚いたのか、蜂のぬいぐるみたちは一斉に森の奥へと逃げ出してしまって。
「もう、何外してるのよレン! 逃げられちゃったじゃない!」
「レンちゃんの下手くそ~っ」
「ちょっと、違うって。 何か白いのがいて邪魔されたのっ」
……この展開は非常にまずいですぞ。
何も知らず無防備に近付いてくる三人の女の子の声。
加えて、おれっちの位置から君が見えないのがいただけない。
目を離したら何をしでかすか分からない。
君においては、その意味合いは少々異なる。
この状況で君の視界におれっちがいなくなればどうなるのか。
自意識過剰でもなんでもなく、おれっちは先を見出すことができて。
瞬間、おれっちの光の盾すら吹き溶かす勢いで、爆発的に高まろうとする君の魔力。
全く、急かしいなぁ、なんて内心で愚痴を零しつつ。
おれっちが四肢に力込め、飛び上がった。
正しく、得物のねずみを見つけた勢いで、瞳きらつかせて。
おれっちは、四肢を目一杯に広げ、伸び上がるように飛び上がる。
更に、きりもみ回転しながら、一張羅の土泥を払い落とす。
目指すは、新たに発見したまだ知らぬ桃源郷。
「うわっ、何か来たっ!」
「ま、魔物っ?」
咄嗟に身構えたようだが遅いっ!
どれだけ遅いかって、目前にいる美少女たちの身体的特徴諸々を一瞬にして把握してしまうほどだ。
おれっちはその中から、弓を構えている、少女ながら色気のある橙色セミロングの髪の、綺麗な猫目石をその瞳に秘めた均等の取れた体型の彼女の、その胸元へと飛び込んでゆく。
当然それは、三人の中で彼女が一番おれっちの好みに近いとか云々ではなく。
おれっちのつぶらな瞳が、三人の中で彼女がリーダー……精神的柱であることを導き出したからに他ならない。
他意はない。他意はないぞぉ。
ただ、どうやら彼女はおしゃれにも気を使っているらしく、猫にはちときつい高貴な花の香りがした。
どこか気品を漂わせるそれに、一瞬やんごとなき身分のひとなのかな、とは思ったが。
「え? な、ちょっ。くすぐった! なんなのよ~っ!」
彼女が突然の襲撃に驚き慄くのは一瞬のこと。
レン、と他の二人から呼ばれていた弓士の彼女は。
いたいけでか弱く、可愛らしいであろうおれっちの姿を目にした途端、無意識下において母性本能を刺激され、胸元に飛び込むおれっちを払いのけることすら叶わない。
それどころか、そのまま転がり落ちよう(どうやら人並みにはあるが、ティカほどではないらしい)とするおれっちを、その両手で受け止めてしまう始末。
それはまさに、人心を操るがごとき所業。
それこそが、隠密行動や光の盾、観察などを凌駕する七つある猫わざの一番の特殊技能、『猫可愛がり(リティ・キトン)』である。
おれっちの可愛さの前では、百獣の王のごとき女性でもひとたまりもなく、もふもふしたくなってしまうのだ。
「……いいなぁ」
「な、何がよっ、ひゃぁっ? ど、どこ触ってるのよ!」
「ぷぷ。レンが照れてる」
おれっちは両手両足尻尾まで使い、常夏の花の香りのする少女の腕の中を、縦横無尽に駆け巡る。
コツは、抵抗しようと思えば簡単に抵抗できる力加減だ。
ちょっとでも抵抗すれば、あっさりと弾き飛ばされ、ひ弱な子猫は地面に叩きつけられ……そう思わせるのがポイントだ。
三人の中では一番小柄な、おそらくは魔術師某であろう菫色シニヨンの少女は、幼き見た目そのままに羨ましげで。
もう一人の、向日葵色ショートの、こちらは闘士だろうか。
少しきつめの、どこか隙のなさそうな少女は、弓士の彼女がやり込められているのが心底楽しいらしく、ケラケラと愉快そうに笑っている。
これで、彼女たちの気は逸れた。
後はっ!
おれっちは、ぎらりと瞳輝かせて。
いよいよもってざらざらの舌を覗かせて……。
(第15話につづく)
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