第7話、虹の向こうへ行く前に、からかい混じりの餞を



「ヨースが向かったのは、どんな世界なんだ?」


単純に考えて、平和な世界ではまずありえないのだろう。

ヨースの安否というより、君のためにとおれっちはそう聞いてみる。

すると赤仮面は、しばらく考え込むような素振りをみせて。



「『ジムキーン』、という世界さ。かつて一人の強大な魔王が支配していた世界でもある。今は、どうなっているか分からないがね」

「ジムキーン……」


やがて吐き出したその言葉に、はっとなって反応したのは君自身だった。


『ティカ、知ってるのか?』

「……父さんの故郷」

『なんと』


それはそれは奇妙な縁というかなんというか。

彼女たちの母は魔人族でありながら、このユーライジアスクール、世界の中枢を守る重要人物だった。


だが、彼女はその重い使命に嫌気がさした形で、このユーライジアスクールと袂を分かったのだという。


その裏に、夫の存在があったのは確かで。

生涯の伴侶となる人物とは、その袂を分かった先で知り合ったようだが。

まさか異世界であったとは思いもよらなかったな。


まぁ、それがきっかけになって人間族と魔人族の対立が始まり、姉妹である彼女たちがそれぞれ分かれ敵対する、なんて羽目になってしまったわけだから。

おれっちから言わせれば迷惑甚だしいわけだが。


その対立が収まった今、世界の中枢を守る役目を負っているのは赤仮面の彼女だった。

君が、自分が幸せになる資格なんてあるのかと考え悩むのは、そんな彼女のこともあったのだろう。


まぁ、おれっちからしてみればそんな仮面なんぞかぶって外をぶらぶらしてる時点で、あんまり気に病むことでもないんじゃないのかなって思わずにはいられない。


彼女は彼女で、宿命負いながらも決して不幸せなわけじゃないのだ。

何故なら彼女には、世界で一番強い『ステューデンツ』の彼氏(つれあい)がいるのだから。


彼女専用の、彼女を守るためだけに存在する英雄。

その溺愛っぷりは、見ていて甘い砂で窒息死しそうな勢いで。


って、話が逸れたな。

元に戻そう。



『それはそれは粋な話じゃないか。親の馴れ初めの地で待っていてくれてるなんてさ』

「……」


ちょっぴり、やっぱりおれっちって邪魔者の何ものでもないんじゃないかなって思ってしまう。

さっきからおれっちの発言に対する二人の反応がおかしいというか、外してるって感じが否めないのだ。


自覚のない失言をしてしまったかのような、そんな感覚。

おれっちがそれにさすがに戸惑っていると、それを察したのか、やさしく首回りを撫でる君の手の感覚があって。


「だといいがね。ヨースのことだから他の女性を追いかけている可能性もある」「……それは、ヨースの自由だけど」

『いででででっ、ごめん、ごめんなさいぃぃっ?』


話題を変えようとか、そういう意図もあったのかもしれない。

からかうような赤仮面に、言葉とは裏腹の絞られるかのような腕の力。

どこか自分が責められている気分になって、悲鳴を上げつつ謝り倒すおれっち。


「あ、おしゃ。ごめん」

『い、いや、別にいいけど……』


それにはっとなった君が、じゃれるみたいにおれの自慢の一張羅をかき回す。

どことなく怒ってる風のその雰囲気に、おれっちはちょっぴり震えながらそう言うしかなくて。


「ふふ。愛されているじゃないか。……さて、準備がよければそろそろ出発してもらってもいいかな。この場所でも、長い時間私以外のものがいれば守り神がでしゃばってくる可能性がある」


意味深にちょっと笑って。

赤仮面は気を取り直すようにしてそう言うと、『虹泉(トラベル・ゲート)』の後ろにある大きな大きな扉(気付いたのはたった今だったけれど)を指し示し、そんなことを言う。


何でも彼女が言うには、世界の中枢と呼ばれる本当の場所は、その扉の奥にあるとのことで。

そこには虹泉のハザマに棲むといわれる、『クリッター』と呼ばれる守り神がいて、おれっちみたいのなんか息吸う感覚でぺろりらしい。


そんな簡単にいくかよと鼻息荒くなるおれっちに対し、慌てたのは君のほうだった。

用意した旅の道具を忘れていく勢いで泉に飛び込もうとする。

おれっちは、それをちょっと待ってくれって制すと。

最後の餞、とばかりに赤仮面に聞いた。


『なぁ、結局その仮面つけたまんまだったけど、何か意味あるのか? まさか、正体がバレてないなんてお前さんだって思ってないだろうに』


そう言いつつも、おれっちの中にはもう答えがあった。

世界の中枢を守るというその立場上、たとえ妹とておおっぴらにおれっちたちの助けになるわけにはいかないのだろうと。


ならば何故聞いたのか。

たぶんおれっちは、赤仮面が気の利いた言葉の一つも返してくれるって期待でもしてたんだろう。


「……旅の水先案内人として形から入った、といいたいところだが。これでもこの国の姫と呼ばれる存在の一人なのだよ。特に夜はね、簡単にこの姿を晒すわけにはいかないんだ。外出時の正装といってもいいかもしれないね」


それは実に突っ込みどころの多い言葉だった。

たぶん嘘ではないのだろうが、となると急ごしらえの赤ペンキはなんなのだという話になるし、それを真に受ければ、おれっちを抱える君すらもそんなけったいな変装一式を身に着けなければいけなくなってしまう。


そもそも、今は草木も眠る真夜中なのだ。

事実、ここに来るまで誰一人会うこともなかったのだから、やっぱり意味がないような気がしたけど。


(おれっち……いや、ティカに姿を晒せない理由でもあるのか?)


おおっぴらに手助けできないって言う理由とは別のものが。

そんな風に考えて、何気に視界に入るは、赤仮面が守るようにしてそこにある大きな扉。


『……っ』


おれっちは、そこで初めて今まで失念していた大きなことを思い出した。



             (第8話につづく)






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