第8話、ずっとそこにいたいけど、我慢して右前足一歩、異世界へ



視界に入るは、赤仮面が守るようにしてそこにある大きな扉。



「……っ」


おれっちは、そこで初めて今まで失念していた大きなことを思い出した。

世界の中枢を守る役目を負うということは。

これすなわち世界の中枢に座す人柱になることで。


本来なら、君がやらなければいけない宿命だった。

故に君は自分だけ幸せになって良いのかと自答していたのだから。


となると、今ここで会話している人物は誰なんだ?

気配……その人を識別する魔力は、間違いなく君の妹ちゃんのものなのに。

物理的に彼女がここにいるのはありえないはずで。

それこそ魔力、魂だけの存在か、分身となる使いの魔精霊か。

色々なことが想像できたけど。


考えているうちに、おれっち自身の中でその答えが出てしまった。

それは、正体が何者であるにせよ、君のためなんだろう。

彼女は、少しでも君の負い目にならないように、そんな曖昧で奇抜な格好をしているのだと。


まったく、ティカの周りにはお節介やきが多いな。

君にも、妹ちゃんにも分からないように。

おれっちは猫語でみゃぁみゃぁとそう呟いて。


「彼は、なんて?」

「……その格好、似合わない。可愛い顔隠すのもったいないって」


猫語が分かるのが当然だといわんばかりにそう聞いてくる赤仮面に。

君は迷ったあげく、そんな見当違いの、だけど君自身の本音を口にする。


「か、かわっ……」


すると、そのどこか芝居がかった口調も崩れ、あからさまにどうようしてみせる赤仮面。


確かにその通りだ。

君も言うようになったじゃないかって、更におれっちは声をあげる。


「素顔を見せるのは一人でいいって? ……ごちそうさま」

「……っ」


更に続く君独自の解釈に、赤仮面ばかりかおれっちさえ息をのむ。

なんて言えばいいのか。姉ぶっている君が凄く新鮮に見えたんだ。


今こうして暗い牢獄から立ち上がったように。

君は変わり始めているのかもしれない。

ずっと傍で見てきたおれっちとしては、そんな益体もないことが何だかとても嬉しくて。


「それじゃあ、いってくる……」

「……あ、うん」


それは、赤仮面の彼女にしても同じだったのかもしれない。

仮面越しでも、口をぽかんと開けて呆けている様子がよく分かって。


それに、君は僅かに笑みをこぼした。

その際、おれっちを抱くその力が、僅かに強まって。

そのまま君とおれっちは、七色に輝きたゆたう『虹泉(トラベル・ゲート』の中へと飛び込んでゆくのだった。


「……頑張って、お姉ちゃん」


そんな、赤仮面の彼女の小さな小さな声援を、背に受けて。





          ※      ※      ※





それは、七色の濁流。

濡れもせず、呼吸を奪うこともない。

それでも水……あるいは川にのまれるような感覚はあった。


君からすれば、『虹泉(トラベル・ゲート』を使うのはこの時が初めてだったに違いない。

どちらかと言えば水が苦手な君は、最初は混乱し、ひどく暴れるような仕草を見せたが、すぐに大人しくなってしまう。


おそらく、防衛本能で意識を失ったのだろう。

だが、おれっちを抱えるその力だけはしっかりと残っていて。


相も変わらずの極上の感触。

われ死に場所を見つけたり、なんて毎度の思いをかみ締めていると。

気付けばおれっちたちは、入った場所と同じような薄暗い、『虹泉(トラベル・ゲート』の光だけが頼りの岩場へと放り出されていた。



「……んぅ」


そこに元々水があるわけではないので、君への衝撃はそれなりだったのだろう。

すぐに目を覚まし、何よりも早くおれっちの細い胴を掴んだ。



『てぃ、ティカっ。強いって、あんまり力入れると中身出るっ』

「あ……ごめん」


おれっちは見かけで言えばひ弱な子猫であるが、人ではない魔精霊という種族である以上、そこいらの有象無象よりは頑丈な自信はある。


だが、おれっちたち一族は、脆さの象徴でもあった。

今となってはこうして君ばかりにくっついているけど、元々は『雷(ガイゼル)』の根源を信仰する人間達に代々仕えてきた種族で、力の有り余っている彼らの力の制御のためにおれっちたちはいた。


おれっちにもずっとつるんでいた腐れ縁の幼馴染みがいたんだけど、おれっちよりもよっぽどか弱くて可愛い彼女さんができたことで、おれっちはお役御免となっていた。


それで、これからは好きに生きようということで、ヨースのお願いなんぞ関係なしに、君の愛玩動物の席に勝手に居ついていたわけだけど。



それにあたって、一つだけ問題があった。

赤仮面の……妹ちゃんがひどくおれっちを恐れているのもそのせいなのだが、おれっちという存在は、魔を秘めし獣を表す『月(アーヴァイン)』の魔力と、彼女たち魔人族が特に苦手とする『光(セザール)』の魔力で構成されている。


『光(セザール)』の魔力に幼き頃からの心的外傷を持っている妹ちゃんならともかく。

陽の下を平気で闊歩する君ならば平気のような気もしたけど、念のためにおれっちはその魔力を極力外に出さないようにしていた。


あるいは、君の半分を占める、対なす『闇(エクゼリオ)』の魔力と反発し合わないようにしているのだ。

よって、所謂光の衣を着ていない今のおれっちの状態は見かけどおりの弱弱しい子猫程度の耐久力しかない。


まぁ、君の胸の中にいる以上、それでも危険はほどんどないのだが。

君自身、自分の力を自覚していないことが多々あるからなぁ。

それも、武器得物をあまり使うことのないお嬢で引きこもりの魔法使いな君ならではなのだろうが。



『ま、おれっちを一番に優先してくれたことに文句を言う筋合いはないんだけどね』

「……っ」


初めての『虹泉(トラベル・ゲート)での、異世界への旅行。

その過程で意識を失ったのにも関わらず、君はまずおれっちを探して心配してくれた。


それが嬉しかったから、おれっちはすかさず口に出す。

言葉の足らない彼女のぶんまで。

すると君は、照れた様子でおれを抱え直してくれる。

内心では、おれっちなんかの言葉でもそういう素直な反応をしてくれるんだね、なんて自虐的なことを考えていたけれど。



『さて、見た目はあまり変わっていないけど、ジムキーンって世界に無事来られたのかな?」

「……」


改めてのおれっちの言葉に倣い、辺りを見回す君。



「たぶん……魔力の割合がちょっとが違うから」


それは、それぞれの世界を構成するものが、という意味だろう。

おれっちたちの故郷であるユーライジアの場合、十二の根源……魔力で世界が創られていると言われている。


魔人族は、生まれながらにしてそれら魔力の感知、識別に秀でている。

おれっちには世界に漂う魔力の差異なんてちぃとも分からないが、君が言うならそうなのだろう。



『そか。んじゃ、とりあえずここから出よう。まずは人のいるところへいかなくちゃ』

「……う、うん」


人のいる所、という言葉だけで早くも伝わってくる君の緊張感。

こりゃついてきて正解だったなって身に染みて思いつつ、おれっちは再び強くなった愛しき抱擁から泣く泣く逃れると、ととっと冷たい石の地面に降り立ち、すぐ目の前に見える階段を先行してゆく。


「あ……」


慌ててティカのついてくる気配。

おれっちは君につかず離れず絶妙な距離をとりつつ、ずんずん階段を上がってゆく……。



             (第9話につづく)






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