第6話、急かされ押されたとはいえ、あっけなく叶う夜の散歩



思い立ったが吉日ということで。

夜もすっかり更けた時分。


おれっちの魔力を構成するその一つでもある月明かりの中。

おれっちたちはそのまま『スクール』の裏山へと向かった。


そこはまだ、たくさんの魔人族がいた頃の、人間族と共生する形で暮らしていた場所でもある。

でも今は、そこで暮らしているものと言ったら野生の魔精霊や魔物たちくらいだろう。


スクールでは、実践授業用の『グラウンド』、なんて呼ばれていたりもする、その傾斜のある山道を、赤仮面を先頭に頂上目指して登ってゆく。

せっかく、魔人族としての翼があるのだし、風の心地良い星の瞬く空の遊覧にもってこいじゃないかな、なんて思うのは。

きっとおれっちに翼がないせいなんだろうが。


それでも、君に抱かれたままらくちんなおれっちは、ほとんど労せずに目的地へと辿り着いた。

おれっちとしては歩いてもよかったのだが、赤仮面曰く、君に抑えていてもらわないとおれっちが何しでかすか分からないなんてその通りのことを言うもんだからやむを得ず、というやつだ。


「ここが……『風(ヴァーレスト)』の廃教会?」

「ああ。ただ、これは真実を覆い隠しているにすぎないがね」


問いかける君にあえての作った、赤仮面のそんな言葉。

見上げれば、確かにそこには蔦に無造作に覆われ、ひび割れ崩れ落ちた煉瓦の散乱する、打ち捨てらてれた教会があった。


かろうじて折れないですんでいる時計塔のてっぺんには、『風(ヴァーレスト)』を象徴する、音符を掲げた十字架が見える。


「隠す……?」

「そう。かつて魔王の軍が世界を滅ぼすその引き金として狙っていた場所がこの下にはあるんだ。だから隠されている。今ではもうほとんど公然の秘密のようなものだがね」


それでも他のものには内密に、といった仕草をして、赤仮面はその扉を開け放つ。軽い身のこなしで中に入っていく赤仮面に続けば、そこには月明かりに照らされたステンドグラス、細長く広い身廊。

中央奥に捧げられるは、世界を創りし十二の神の一柱、風の根源間精霊、ヴァーレストの像。

そして、その左脇にそれとなく存在感を放っている大きな『パイプオルガン』があって。


赤仮面は、何の迷いも無くそのパイプオルガンに近づいていく。

魔人族のものは、俗に『覆滅の魔法器』と呼ばれる、魔人族だけが使える、強大な力を秘めたマジックアイテムを持っている。


それは楽器に酷似していて。

だからといっていいのかどうかは分からないけど、総じて彼女たちは楽器の演奏がうまい。

かく言う赤仮面、というか『夜を駆けるもの』も、それで日銭を稼いでいるなんて話を思い出して。


一曲演奏でもしてくれるのかなとちょっと期待したけど。

赤仮面は鍵盤に触れることはなく、そのままパイプの後ろに回って何やらごそごそと怪しい動き。


何をしているんだ、なんて問いかけるより早く。

轟音立てて開かれるはヴァーレストの像を挟んで反対側。

いつの間にやら、ぽっかりと四角い闇がそこにはあった。

君がそこへ歩み寄ることで見えてきたのは、地下へと続く石階段。



「世界の中枢へようこそ」


赤仮面は、まるで自分がこの場所の主であるとでも言わんばかりに、そんなことを言った。

まぁ、ほとんどそれに近いといっても過言ではないわけだが。

その石階段はそれほどの長さじゃなかった。

明かりの届かない、完全な闇に閉ざされたのはほぼ一瞬。

すぐに、階下からの光が石階段を七色に染めているのが分かって。


辿り着いたのは、屋根のない四阿、その真ん中に虹色の渦巻く光のある場所。

おれっちには、その虹色に光るものに見覚えがあった。



―――『虹泉(トラベルゲート)』。


広い広いユーライジアの、離れた場所同士を一瞬で繋ぐことのできる、世界髄一と呼ばれるマジックアイテムだ。

だが、それはおれっちがいつもスクール内でよく目にするものとは毛色が違う気がした。

大きさ、光の度合い、どれか一つとっても規模が違う。


「お察しの通り、これが異世界へと繋がる虹泉さ。優秀なステューデンツは、これを使い様々な世界へと派遣される。その世界を救う勇者としてね」


それは、スクールへ通うものの、憧れの的。

それを考えれば、ヨースにされた仕打ちは、逆に名誉なもののように思えたが。



『ヨースが向かったのは、どんな世界なんだ?』


単純に考えて、平和な世界ではまずありえないのだろう。

ヨースの安否というより、君のためにとおれっちはそう聞いてみる。

すると赤仮面は、何故だかどこか考え込むように。

もったいぶってしばらくだんまりを続けていて……。



            (第7話につづく)






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