第49話 会話

 執務室から退室し、王宮の廊下を歩いているとリナと鉢合わせした。ケイスの治療のために彼の元へ行くそうなので、直人も見舞いのために馬車に同乗する。


「ナオト、ひとつお願いがあります。宮廷魔術師の秘石に刻んである『混沌エンゴルフケイオスまれろ』を消して貰えるかしら?」


 馬車に揺られているとリナがプログラムの変更をお願いしてきた。


「消しちゃうんですか?」


「飛竜を圧倒するために一時的に秘石に書き込みましたが、あれは呪文さえ知っていれば『宮廷魔術師』なら誰でも使えてしまいます。あまりにも大きすぎる力は脅威なってしまいますわ」


 尤もで的確な意見だ。あんな破壊技を宮廷魔術師全員が使えてしまったら、大惨事だ。すぐに承諾して、後日秘石室に向かうことを約束する。


「それと、……ナオトはお芝居に興味があるかしら……」


「お芝居?」


「以前に風土師になった無職ノー・ジョブの話を聞いてきたでしょう。それを題材にした演劇があるんですけど、観に行きませんか?」


 王様から聞いた無職ノー・ジョブの話をリナと話していた時に、演目としてあるのをちょろっと聞いた気がした。舞台なんて初めて見るけど、どんな感じなのか興味があった。


「いいですね。面白そう」


「来週から公開されますの!その日は一日付き合ってくださいね」


 楽しそうに笑うリナを見て、ふと気付いた事があった。これは間違いなくデートではないのか?そういえば、キスしちゃっし、オリビアさんの言うことは本当なのかも……。リナさんが俺に気があるって、自惚れてもいいのかな?






 王都からかなり離れた村の一軒家で療養しているケイス。勇者は王都に住み処が用意されているのだが、ケイスはその家を一室以外は他人に明け渡し、一年の3割はこっちで過ごしている。ここは彼の生まれ故郷らしく、円形でとんがり屋根の可愛らしい家であった。


 直人達が訪ねるとベッドで横になっているケイスが出迎えてくれた。足の色は肌色に戻っているが、まだ上手く力が入らないらしい。リナが『治癒ヒール』の魔術をかける。


 『治癒』の魔術は自己回復を早めるものであって、他力的な治癒力で治すものではない。なので、本人の体力がなければ全回復は出来ないから、少しずつ治癒を行っている。


「もう歩いてもいいのではないか?」


「ダメですわ!完治するまでは安静です」


「でもな。ベッドで横になっているのは性に合わない。腹筋と腕立てしかできないぞ?」


 怪我人なのに鍛えてたんかい。直人は脳筋なケイスに呆れつつ注意しようとしたら、先にリナの方がキレていた。


「ケイス……、鍛練はしばらく禁止と言ったはずです!体力を削って治るのが遅くなるなど……本末転倒ですのよ!」


「分かった!大人しくするからっ!杖をしまってくれっ!」


 杖を握りながら怒り心頭のリナに怯えるケイス。直人も絶句する。治療を終えるとリナは先にお暇した。直人は気分を変えようと買ってきたりんごを剥こうとする。


 包丁を手にして赤い皮を剥こうとしたが、深く刺さり過ぎたり、滑って手を切りそうになった。危なっかしい手付きの直人を見ていられず、ケイスが声をかける。


「ナオト、こっちに寄越せ。俺が剥いてやる」


 りんごと包丁とケイスに渡すと均一な太さで皮を剥いていく。失念してたが、ケイスの料理の腕は一流だ。前に作ってくれたリンゴパイはマジで美味かった。

 剥き終わったりんごに刃を入れて、適度なサイズに切って直人に渡す。ケイスのために買ってきたのに、先に口を付けていた。


「そうだ。ケイス、リナさんとも話したんだけど、勇者の秘石も元に戻そうと思うんだ」


「何故だ?」


「あまりにも行き過ぎた力は危険だからさ。聖剣の方も前の状態にしておくよ」


「ふーん、残念だな。空中ジャンプは結構楽しかったのに……」


 ケイスの言葉を聞いて、直人も惜しいと思った。あれくらいのスキルなら残しておいても問題ないだろう。


「じゃあさ、今度は『落ちない』空中ジャンプを完成させないか?」


「どういうことだぁ?」


「ここだけの話、『飛竜』の秘石を写しておいたんだ。これで『浮游』のスキルが作れるはずだぜ」


 直人は終末の秘石を再確認した時に、こっそり『浮游』のコードを書き写していた。どんなプログラムで『浮ける』のかが気になっていたからだ。


「あっははは!抜け目ないヤツだな!いいだろう!足が治ったら調整に付き合うぞ!」


 ケイスと『新スキル』について夢を膨らませた後、馬車を拾って事務所に戻った。







 事務所の玄関で『ただいま』と声をかけると、モニカが慌てて出迎えくれた。


「ナっ……ナオト!帰ってきたんですか!今日は早いですね!」


 何故か自分の帰宅に驚くモニカ。不思議に思い近付くと、奥で大きな音がした。バスルームで何かをしているらしい。


「おお!ご主人が戻ってきたか!ちょうどいい!まだ途中だが見てもらおう!」


 廊下から顔を出したのは大工の人だった。風呂場の水道管の修理でもしているのかと思い、覗いてみたら想像を上回るものがそこにあった。


 シャワーしかなかったバスルームになんと!ユニットバスが置かれていた!足が付いたおしゃれなヤツ!


「ええっ!なにコレ?どうしたの!」


「どうですか!前にナオトから聞いたバスタブというのを作ってもらったんです!」


 一人用のバスタブを触って感動する直人。これで家でもお湯に浸かれる~、と思ったが……。


「でもさ、温泉を引けなきゃ、ただ水が溜まるだけだよな?これ……」


 疑問を口にする直人に大工の男が鼻を触り、ドヤ顔した。


「あんちゃん!見くびってもらっちゃ困るぜ!ちゃんとお湯を作る仕掛けを用意してあるからよぉ!」


 棟梁は壁の外を差した。一部がくり貫かれた壁面から2本のパイプが伸びて、一方のパイプからは温水が出るようになっているらしい。

 温泉はこの辺りにはないので、外にお湯を沸かす装置を作り、水と合わせて人肌温度にできるのだ。


「すげぇ!よく作れましたね!完璧ですよ!」


「いやいや!あんたから聞いた異世界の生活道具の方がすごいよ!前の『ワーキングチェア』も、今すごい人気でさぁ!注文殺到で人手が足りないぜ!」


 そういえば、彼は以前に直人の無理難題を見事に実現してくれた大工だった。高い技術と向上心のあるいい職人だ。





 バスルームを完成させた大工達を見送り揚々と二階へ上がる直人。お風呂に入るのを楽しみにしていると、モニカからもう一つプレゼンとがあった。渡された木箱を開けると、薄紅色の石鹸が収まっていた。


「石鹸……」


「はい!香り付きのいい石鹸です!ナオトに贈りたくて!」


 直人に対してのご褒美なのだろう。モニカにお礼を言い、箱を机の上に置く。もう一度お礼を言いたくて、直人は振り返った。


「モニカ、ありが……」


 直人の言葉が途中で途切れる。モニカは振り返り何と言おうとしたのか聞こうとしたが、話しかけてきた当人の姿がなかった。


「ナオト……?」


 先程まで話していた直人が忽然と消えてしまった。窓は開いていたが飛び下りたとは考えられない。だが、部屋の中に彼の姿がないのは確かなことだ。








 誰もが勘違いをしていた。

 渡会直人はこの世界にずっといられると、思い違いをしていたのだ。




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