第50話 突然の別れ


『ありがとう……』


 柔らかい声で目を開いた。

 真っ白な空間にいる自分。目の前には白いベーレを被った女性が立っている。初めて見る相手だが、どこかで見たことある気がした。

 白い空間だからなのか、彼女の姿がはっきりとは見えなかった。いや、視認できないのは体が消えかかっているからだ。


『ごめんなさい。でも、

  …………………………』


 口は動かしているのに声は届かない。耳をそばだてようとするも聞こえず、やがてほんのりとした明かりで、目の前は真っ白になっていった。


 それは、この世界の創造主が作った管理用の人工知能。ずっと人々を見守り続けた『神の代理人』であった。









 アラーム音で目が覚める。

 ピピピッと鳴る音にしばらく思考を支配される。手を伸ばして音の根元を触って止めようとするが、久しぶりに触るので数秒かかってしまう。

 白い天井を見上げる。部屋の造りに視線を落とすと、見たことある風景だ。そりゃそうだ。なのだから。

 体を起こしてみると、シャツにスエット姿だった。その姿で就寝てしたのは覚えている。


「なんだ……。どうなっている?」


 混乱していると、スマホのディスプレイの日付が目についた。自分があの世界に行った曜日のままだった。

 自分は『2時間』寝ていただけという事になる。


「…………ゆめ?……そんなはずない……」


 さっきまで皆と話して事務所でモニカと一緒にいたはずだ。自分は異世界転移して、『あの世界』で半年は過ごしていた。でも、実際は二時間寝ていただけ……。


 そんなはずはない!

 確かに俺はあの世界で生きていたんだ!

 夢でも妄想でもないっ!

 

 直人はベッドから飛び下り、パソコンのスリープモードを解除する。『あの世界』との唯一の繋がりを確認しようとした。それは、あの世界のソースコード。デバック作業で見ていた言語データがデスクトップに保存されている。

 そう思ったがファイルがなかった。名前を付けて保存していたはずなのに消えている。メールも確認したが、やり取りが一切残っていなかった。


「そんな……なんで?……どうして?」


 自分は異世界にいたはず。モニカやケイスやリナと一緒に過ごしたはず。あの世界のプログラムを書き換えたはず。

 その記憶がだんだんと揺らいできた。

 妄想。現実逃避。そんな言葉がじわじわと忍び寄り、不安が記憶と葛藤し始めた。

 ワーキングチェアに体を預けて顔を覆い、自分の頭がおかしくなったのかと疑った。呼吸を整えながら手を離すと、指先を見てはっとなる。


 自分の爪の中には、黒炭のカスが残っていたのだ。


 綺麗好きの自分がそんな汚れるもので筆記するわけがない。あの世界でずっと握っていたものだ。その汚れが唯一の証。


 嘘じゃない。妄想でもない。自分はあの世界にいた。だが、突然、『戻された』のだ。


「なんで……なんでっ……なんでだよぉっ!」


 右手を包むようにして額に当てる。涙が溢れた。戸惑いも怒りも寂しさも苦しさも、ごちゃ混ぜになって溢れてくる。


「ケイス、リナさん、……モニカぁ……」


 どうしてこんな事をするんだ。役目が終わったら切り捨てかよっ!あの世界に行って、やっと自分の居場所が見つけられたのに……!


 もう、会えないのか?

 話せないのか?

 一緒にいられないのか?


「なぁっ!神様なのか何なのか知らないけどよぉ!こんなのって、ないだろ!あんまりだっ!」


 ディスクトップを掴み、喚く直人。

 もう二度と会えないなんて嫌だっ!

 こんな世界で一人ぼっちなんて嫌だっ!


「たのむ!たのむよぉ!

俺をあの世界に戻してくれっ!

みんなに会わせてくれっ!

…………一緒にいさせてくれよぉ……っ」


 画面に向かって訴えるも、そこには泣き顔の自分が映るだけだった。どうしようも出来ない事実に涙だけが溢れた。


「あああぁぁぁっっ……


    うあああぁぁぁぁ……


       わああぁぁぁぁっっ…」












 ひたすら泣いていた。

 声が嗄れて疲れるまで泣いた。涙が渇れて、ものすごく疲れて、お腹が空いたと思った。













 1日・2日は放心していたけど、このまま何もしないのはダメだと思った。あの世界で貰ったものを、みんながくれた気持ちを無駄にしちゃいけない。俺がこの部屋で、いつまでもうじうじしてたらいけないんだ。




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