第52話 再会

 市井魔術師のマジックスキルを直して、秘石室を出たモニカ。事務所へ帰る途中でリナに声を掛けられる。


「ケイスはまだ戻ってきていませんか?」


「ええ、本当に旅立ってしまったんでしょうね」


 直人が失踪した後、国中を探したが見付からず、ほとんどの者は『異世界』に帰ったんだと結論付けた。だが、ケイスだけは納得してなく、リナに足を完治してもらうとすぐに飛び出してしまった。リナが必死に引き留めたが、無駄であった。


「全く!よく考えもしないで突っ走って!まあ、世界中を探して見つけられなかったら戻ってくるでしょう」


「でも、聖剣も一緒に持っていってしまったんですよ!あれは国の象徴なのに……」


「聖剣がなくとも魔獣を退ける方策ならいくつか考えていますわ!以前からナオトに打診しておりましたの」


「それならナオトが残してくれた書き付けがありますから、それを元に構築できると思います」


「では、モニカが正式にナオトの後任でよろしいのかしら?」


「……はい。私では力不足ですが……」


 不安を抱えた表情をするモニカ。直人からプログラミングの知識を教わっていたが、こんなに早く自立しなければならないとは思わなかった。


 二人の中に、不安と寂しさがまだ残っている。リナは手に持っていた指輪を見つめる。いつの間にか、仕事部屋の机に置かれていた直人への贈り物だ。


「戻るのなら一言いって欲しかったですわね……」


「きっと、ナオトにとっても突然の事だったと思います。こちらに来たときも何の前触れもなかったと言っていました」


「……こんな事なら寝込みを襲っておけば良かったですわ」


「…………私も、恥ずかしくて、逃げちゃいました……」


 お互いライバルだと認識した上で直人が好きだった。二人とも彼とは深い関係にならずに別れてしまったのは、果たして良いことだったのだろうか?


「お互い逃がした魚は大きいですわね」


 苦笑いをするモニカ。

 リナに別れを告げて事務所に戻った。直人の仕事部屋に行き、大きな椅子と机の上にあるノートを見た。プログラムのコードや『日本語』と呼ばれる四角い文字が綴られている。几帳面な文字列を撫でいると、涙が溢れてきた。

 手で拭いクローゼットを開ける。シャツやベストがハンガーに掛かっており、微かに直人の匂いが残っている。顔を埋めて泣き出しているモニカを、ある人物が止めた。


「誰かいませんか!」


 一階から聞こえる声にモニカは気持ちを切り換えて、下へ向かう。玄関へ通じる部屋に入り、訪問者に対応しようとしたが、言葉が出てこなかった。


 モニカの目の前には背が高くて伏し目がちの少年がいた。











 ナオトだった……。


「あの、えっと……、俺、その……」


 視線を泳がせながら、たどたどしい言葉を紡ぐ。直人と同じ髪の色と容姿をしているが、『彼』よりは若い顔立ちをしていた。


「秘石師の事務所ってここですよね?俺、その、この度『秘石師』の神託を受けて、ここに来ました」


 茫然とするモニカに少年はさらに縮こまった。緊張しいなのか人と話すのが苦手なのか、肩掛けをぎっと握りしめる。


「えっと、俺、無職ノー・ジョブだったはずなんですけど、半年間『神隠し』に遭ってたみたいで……。記憶が混濁しちゃって、名前以外何も覚えてなくて、再度神託を受けたら『秘石師』が出て……。


信じられないでしょうけど、本当なんです」


 そこまで聞いたところでモニカは彼に抱きついた。少年は突然の事に硬直したが、モニカは感激で涙を流す。


「ナオト……」


 彼が異世界人の『直人』でないことは分かっていた。理屈や原理は分からない。けど、もう一度……ナオトに会えたのだ。


「あっ……あっ、あの!その!」


「あっ!ごめんなさい、急に……」


 彼の裏返った声にモニカは我に返り体を離した。顔を真っ赤にした彼は、目を反らしながら質問をする。


「どうして、俺の名前、知っているんですか?誰かに聞きましたか?」


「えっ?」


「俺、ナオト・クローサーっていいます。今、俺のこと『ナオト』っていいましたよね?」


 これは偶然か。いや、必然なのだろう。同じ名を持つ彼が『秘石師』の神託を受けたのは、すでにその名が秘石に刻まれているからだ。


「知っていますよ。だってあなたは、この世界で唯一の『秘石師』ですから……」


{

 job:"cord carver",

 user:"naoto"

}


 その記述は今もその秘石に刻まれている。














………………………………………………

物語はここで終わりです。

後の2話は『あとがき』という名のきくらげのダベりです。






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