第47話 追い付いてこい

 静けさが周囲に満ちている。いや、聴力が落ちているのかもしれない。さっきから自分の吐息以外は何も聞こえない。ケイスは霞む視界で地面を見続けていたが、騎士達が心配になり顔を上げた時、おぞましいものを見た。


 死んでいるはずの赤竜の肉塊が蠢き始め、元に戻ろうとしていた。


「……ばかな……戻っていく?」


 顔面蒼白となるケイスの目の前で赤竜はその形体を取り戻していった。






 コードを改変している直人は外の爆音を聞きながら、迅速にコードを書き換えていた。凡そ7割を書き換えた時に異変が起きる。


「ナオト!これを見てください!」


 モニカが指差す所を見ると、コードの一部が光り、そして消えてしまった。その部分は直人が書き換えたプログラムだった。


「そんなっ!コードが元に戻っているっ?」


 連鎖するように他のコードも消えていく。今までそんな現象は一度もなかった。自動修復が備わっているのか、もしくは『誰か』が直しているのか。


 どちらにしても直人が改変してきた部分は元に戻ってしまった。赤竜はそもそも体力メーターがないので、『Enemy Vitality=100』を書き込み、体力が尽きたら『死亡デス』状態になるようにしていた。飛竜に対しては攻撃の中止。敵キャラが湧かないように打ち止めにし、今は天候を止めている最中であった。


「ああ!くそっ!とにかく、もう一度書き換えないと……!」


 赤竜に『体力と死』の概念を与えないと、ケイスが不利になる。直人はモニカに指示を出そうとして、自分がミスをしている事に気付く。

 いつもなら、コードを紙に書いて修正を行うが、焦っていたので直接秘石にコードを書いていた。直人の頭の中ならコードは存在するが、モニカに伝達する媒体がない。


「待ってろ!モニカ、今コードを書くから……」


「いいえ!その必要はありません!」


 モニカは赤竜の秘石に『Enemy Vitality=100』を書き入れ、『カーバーめ』を唱える。


「覚えているのか?」


「はい!ナオトが書き換えた部分は、全て私が再度書き込みます!

ここは私がやっておきますから、ナオトは先に行ってください!」


 一番近くで直人の作業を見ていたのはモニカだ。プログラミングについても教えていたが、直人が示唆せずともコードを理解できるようになっていた。


「わかった!ここは任せる!必ず追い付いて来いよ!」


「はい!」


 直人は天候部分の秘石の前に戻り、以降は変更した部分を紙に書いて道標を残していった。








 飛竜は数が減るどころか増えているようにも見えた。リナが『混沌エンゴルフケイオスまれろ』を放つのも限界が近づいていた。


「……まだ、終わらないんですの……」





 ケイスは足に力を入れようとするが、もはや感覚がなかった。だが、目の前の非情な光景は留まらず、逆再生のように赤竜は復活していく。彼は聖剣を地面から抜き構えた。


「いいだろう……何度でも、俺が滅ぼしてやる」





 雷雨と地震を止めて、他の災害も消し去った。モニカの再入力の作業も終わり、直人は終末の秘石全体を見回す。


「どうだっ!」


 何に対する確認なのか分からないが、直人は数秒間秘石を睨む。秘石が修復された時はコードが全て光るが、改変した場合はどうなのか。すると、直人の望みに答えてか、地鳴りのような音がして秘石室全体が光りに包まれた。その衝撃で直人とモニカは飛ばされて、体を打ち付け気を失ってしまう。






 飛竜達は攻撃を止めて動かなくなった。しばらく、停止していたが向きを変えて飛んでいく。死霊兵も崩れるように消えていった。


「飛竜が引き返したぞ」


「魔族もいなくなった……」


「終わったんですの……」


 群れをなして帰っていく飛竜を見て、終戦を確信した。






 赤竜の体はあと少しでくっつきそうだった。復活した瞬間に『カウバートロードけ』を撃ち込もうとしたが、その前に赤竜の肉体が弾けとんだ。再び動かない死体に戻った赤竜を見て、目的の達成を喜ぶ。


「やってくれたのだな。ナオト、さすがだな……」


 ケイスは安堵した表情をして、糸が切れたように倒れてしまった。









 目が覚めると、直人はテントの中で寝ていた。竜の巣に向かう途中に作った拠点へ戻って来ている。モニカがすぐに気が付き、現状を教えてもらう。赤竜は死滅し、飛竜の軍勢は撤退した。

 重傷者は多数。死霊兵により負傷した騎士が数名いたが、死者は0だった。2日間は拠点に留まり怪我人の手当てに追われる。

 その間、唯一の魔術師であるリナの疲労は凄まじく、全員の救命処置が済むと倒れてしまった。


 一番ひどい状態だったのなケイスだった。目に見える外傷は少なかったが、痛みと高熱で一日中寝込んでいた。足は壊死したのかと思うくらい変色しており、しばらくは歩けないそうだ。

 意識を取り戻したケイスに直人は涙ながら謝った。暗い表情をする直人にケイスは拳を突き出して、『勝ったぞ……』と誇らしげに笑う。

 すぐに意識が薄れて、静かに眠るケイスを見て、直人は涙が出てきた。皆、傷付きながら満身創痍になるまで戦った。決して手放しで喜べるような勝利ではないが、俺達は塗り替えたんだ。



 神のシナリオを……。

 終わりのプログラムを……。





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