第37話 投票

 王命が出てから一週間後、国民全員に投票用紙が配られた。各家族に一つ封筒が送られ、その中に全員分の用紙が入っていた。『alive』と『death』の二文字が書かれた紙を見て、夫婦は苦悩する。


「ねぇ!それってぼくも入れていいの?」


 まだ6歳の息子が両親に訊ねた。投票用紙は年齢関係なく誰の分も用意されている。


「ああ、お前の分もあるよ」


「じゃあ!ぼく!『ひせきし』に入れる!」


「秘石師を生かして、彼に望みを懸けるのか?」


「だって!ケイスが言ってたよ!ひせきしがぜったい!なんとかしてくれるって!」


 子供達にとって『勇者ケイス』は憧れであり、英雄だ。彼の言うことなら一心不乱に信じてしまう。だが、大人はそうはいかない。大司教の言葉が真実かは判らないが、『終末』に対抗できる力が本当に『秘石師』あるのかが判断できないのだ。


「俺も秘石師に入れよう」


 父親はそう決意した。母親は眉をひそめて聞き返す。


「本当に?あなた」


「正直、荒唐無稽でわからないさ。でも、ケイスが言っていた『秘石師』の言葉が本当なら、俺はそれに共感できるんだ……」


 自分だって己の人生は己で決めた。そう信じてここまで生きてきたし、妻と出会い子供を授かった。その道筋は誰かによって導かれたものじゃないし、それを誇りに思っている。父親は未来ある息子の頭を撫でた。


「この子が『自分の未来』を選択できる世界にしたいんだ。だから、『秘石師』に託すよ」


「なら、私も……」


 父親は『alive』に丸をした三枚の紙を封筒に戻して、次の日にそれを提出してきた。






 二日後に、全ての集計が済み発表された。投票のほとんどは『alive』に入っていた。つまり、秘石師を生かして彼に世界の命運を託そうとした者が大半を占めた。

 国の象徴であり国民から慕われている勇者ケイスの人徳もあるが、何より秘石師には『デュランダル復活』の実績があった。聖職者も魔術師も直せなかった聖剣を、取り戻してくれた彼への期待値は高かったのだ。

 対して大司教マクティアノスの説法を鵜呑みにした者は少なかった。聖典に記されていない言葉に戸惑う者が多かったし、加えて大司教自身の評判も近年では芳しくなく、票に偏りが出たのは必定であった。







 この結果に一番納得がいかないのは大司教・マクティアノスだった。王に直訴するために王宮を訪れる。


「秘石師に託すなどっ!馬鹿げている!世界を歪める悪魔なのだぞ!」


「全ては全国民が『選んだ』ことだ。すでに決定している事にケチをつけるのか?」


 喚く大司教をジュリアスは冷めた目で睨み付ける。大司教は一層眉間に皺を寄せる。神託で王に選ばれただけの若僧が、玉座にふんぞり返っているのが我慢ならない。

 実子が『王』になっていれば、こんな屈辱はなかったろうにっ……!


「原本に書かれている事はどうすのです!あの男をほふらねば『災厄』が訪れるのですぞっ!」


「ああ、その事か。昨晩のうちに、『原本』を隅々まで読んだがそんな記述は一つもなかったぞ?」


 ジュリアスの言葉にマクティアノスは狼狽え、声が裏返った。


「なっ、何を仰るのです!『原本』は私しか閲覧できぬ物ですぞ!でたらめを申さないで頂きたい」


「これの事か?」


 ジュリアスが積まれた本の下から手に取ったのは、間違いなく『原本』であった。大聖堂の教壇の下に保管してある『原本』が何故彼の手にあるのか。


「なぜ!それを!盗んだのかぁ!」


「人を盗人のように言うな。『大司教』から一時的に閲覧を許可されているに過ぎん」


「馬鹿な!『私』はそんな事を許可しておらぬぞぉ!」


 唾を飛ばす勢いで憤怒するマクティアノス。ジュリアスは涼しい顔のまま、本を戻して肘掛けに凭れる。


「ああ、すまなかった。通達が遅れたな。そなたは昨日付けて大司教を『解任』されておるのだった。『原本』は新しい大司教に借り受けたのだ」


「なぬぅ!戯言を!いくら王命と言えど!私の同意なしでは『解任』など出来ぬはずだぁ!」


「おや、耄碌もうろくしたのかな?『大司教の解任』には、王命と司教10名の同意が得られれば可能なのだぞ」


 マクティアノスは言葉を失った。現司教は13名。そのほとんどが彼の辞職を望んだ事になる。


「秘石師を貶めるために『原本』の内容を歪曲させ、それを民に触れ回ったのはよもや看過できるものではない。本来なら異端審問にかけても良いが、このまま大人しく『辞職』するのであれば、不問に付そう」


 マクティアノスは音もなく崩れ落ちる。返事をすることも出来なかった。


「長い間『大司教』の任、御苦労であった。そなたには追って新たな職業ジョブに任命する。沙汰を待つように……」


 茫然とするマクティアノスの意識を連れ戻すように、ジュリアスは最後に一言付け加えた。


「下がるがよい」


 彼は護衛官に連れて行かれ部屋を出ていった。ジュリアスは長く息を吐いて、カーテンの裏でしている者に話しかける。


「これで良かったのか?」


 アリアスは黙って頷いた。ジュリアスの位置からは見えないが、納得しているのは雰囲気で分かった。


「家族の事は心配なさらないで下さい。母達や兄弟達はこれから私が支えます」


「何かあれば言ってくれ。力になろう。これでそなたも自分の生き方が選べるであろう」


 元々、アリアスが補佐官でいるのもジュリアスが引き止めただけではなく、『父親』を説得するためであった。王に近い役職ならば権力に近い位置にいることになる。それは、これ以上犠牲になる子供を増やさないためのカモフラージュだった。


「私は私の生き方を選んでいます。それは『プログラム』された人生ではありません」


 ジュリアスは思わず笑ってしまう。いつの間にか自分達は『ナオト』に毒されている。いや、それはこの国すべての民に言えることだろう。




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