program 08

第36話 演説

 牢屋の中は静かだった。牢獄の中には他に人気がなく、見張りをする者もいない。直人はベッドの上で暗い天井を仰ぐ。

 この世界の真実を話してしまった事は良いことだったのかは判らない。ただただ、夢中に訴えてしまった。駆け引きや計算もなく事実をありのまま伝えてしまった。

 けど冷静になってみれば、この世界で何の権力も知名度もない男の言葉など、誰も信じる訳がない。


 妄想だと思われて終わりだろう。


 自分はこれからどうなるのだろう?処刑されてしまうのか?日本は絞首刑だが、この世界はどんな処刑方なのだろう。斬首のほうが火刑や串刺しよりは苦痛を伴わないそうだ。死ぬならなるべく、楽に死にたい。


 死を覚悟していると、牢獄に誰かが入ってくる。ベッドから体を起こすと、金髪のイケメンが自分の牢の前に現れた。ジュリアスは事のあらましを話し、直人はその話を黙って聞き、静かに納得した。


「できればそなたには死んでほしくない。まだ、例のスキルを作ってもらってないからな」


 王様の軽口に直人は視線を上げる。和まそうとしているのかはたまたマジなのか。


「はははっ!どんだけデカくしたいんですか?」


「男の夢であろう……!」


 不敬とかは考えず大笑いしてしまった直人。拳を握り目を輝かせている姿にまた可笑しくなる。


「そうですね。では、俺が生き延びて世界を変えられたら、作ってみますよ!」


「本当か!その言葉、忘れるなよ」


 ジュリアスとの会話で重い気が晴れて、直人は他人を考える余裕ができた。

 

「王様、一つお願いがあります。モニカにだけは恩赦を。俺が巻き込んでしまいましたが、彼女はこの世界の人です。死ぬのは俺一人で十分でしょう」


 ジュリアスは看守に視線を送り、モニカを解放させた。奥の牢屋から桃色の髪をした少女が連れてこられ、直人の姿を見て駆け寄る。


「ナオトっ……!」


「モニカ、ごめんな。俺の勝手に巻き込んで……」


「……わたしは……私はナオトの言葉を信じます!あなたを信じています!」


 鉄格子を掴んでいた直人の手を掴み、真剣な眼差しを向けるモニカ。王様と共に牢を出ていくモニカを見て、安堵と共に寂寥が静かに忍び寄ってきた。

 







 翌日、王の勅命が公布されると、国民全員がざわついた。『プログラム』や『終末』、そして『この世界の行く末』をどうするかを全ての者が判断しなくてはならなかった。半信半疑で現実味のない話に不安になる民衆達。そんは彼らを先導しようとする二人の男がいた。


 大司教と勇者による演説大会が始まったのだ。







「秘石を歪めたことにより、神は罰を下そうとしておる!それがあの赤竜であり、『終末』へと繋がっておる!」


 マクティアノスの声が大聖堂に響き渡る。ミサに行われる大司教の説法の間、マクティアノスは『終末』と『災厄』についての熱弁を振るう。


「秘石歪めた改悪者を贄に捧げよ!あの悪魔を滅ぼせば、終末を回避できる!そう聖典にも記されておるのだ!」


 初めは大司教の話を真剣に聞いていた国民だったが、王政府から知らされた『プログラム』や『神託』については何も触れていない上に、聖典の内容に齟齬がある事に戸惑う者が多かった。








「みんなは『神託』によって今の職業ジョブをしているだろう!日々その仕事に従事し、辛い時も楽しい時もあるだろう。それが自分の『天職』だと思っているからだ!」


 ケイスは王都の広場で演説を行った。最初は疎らにしかいなかった傍聴者はあっという間に増えていき、ケイスは広場の奥にも届くような大声で主張を続ける。


「それが全てプログラムによって割り振られたものだと知って、皆はどう思ったっ!失望したかっ!憤怒したかっ!嘆いたかっ!

いいや!事実を知っても尚、自分の人生を後悔した者はいないだろう!」


 民衆からすれば、『プログラム』による『神託』がまだ信じられなかった。自分の人生が操られたものだと明かされ、衝撃と困惑を抱えていた。


「もしかしたら、俺は『勇者』でなかったかもしれない!だとしても!俺はぁ!俺の人生を生きていただろう!『神託』による人生も、そうじゃない人生も!己が選んだ人生だ!そこに何の迷いがある!


それが当たり前で、素晴らしい人生だと秘石師は言ってくれた!」


 民衆の心にケイスの言葉、いや、秘石師の言葉が深く刺さった。初動は薄っぺらいものでも、その過程は自分が選んで積み重ねたものなのだ。


「秘石がなければ、俺は勇者でもいなれないっ!デュランダルを失って思い知った。聖剣が与えてくれる力がなければ、俺は何もできない男になってしまう。秘石に記された『プログラム』がいかに重要で、それを扱う人間が大事かという事が身に染みて分かったっ!」


 連行される直人を見て、ケイスは自分が情けなくなった。直人の言葉が真実であることを、誰よりも知っているはずなのに、彼を擁護できなかった。


 にもかかわらず、彼はこの世界に生きる者達のために訴えてくれた。この世界の未来を願い、己の運命すら委ねようとしている。


 ならば、俺は彼のために訴え続けよう。直人の言葉と、直人の意志を……。


「俺は秘石師の言葉を信じ!彼と共にこの世界を変えたい!彼はそのために『ここ』にいるのだから!」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る