第35話 吟味
「ナオトは本当に『異世界』から来たのかな……」
アリアスが子細に綴ったナオトの言動を読み、ジュリアスは疑念を口にする。
「彼は『プログラマー』や『プログラム』という言葉をよく口にしていました。即座に思い付いた嘘ではないはずです。そして、『この世界』や『呼ばれた』という言葉も口にしています」
「ナオトは最初からここが別世界だと知っていたのか。その上で我々のために尽力していたと……」
彼の人知れぬ献身に感嘆するジュリアス。直人にとっては無関係の世界の人々のために、彼は己の運命すら預けようとしている。
「異世界か……。どのような所なのだろうな?」
「とても発達した世界なのでしょう。なにより『神託』で自分の将来を決めていないのが驚きです」
「『神託』がなく、己の道は己が決めるのか。想像できないが、そちらの方が面白そうだな」
「あなたは、まだ『風土師』になりたいのですか?」
「ふふ、それを言うなら『神託』のない世界を望んでいたのはそなたの方ではないか?アリアス……」
アリアスはジュリアスの言葉に眉を動かす事なく黙っていた。
アリアス・ドーガは現大司教マクティアノス・ドーガの息子であった。父・マクティアノスは権力に固執している男であった。
この社会では権威も財力も己一代で終わる刹那の隆盛であり、それを代々受け継ぐ事はできない。だが、マクティアノスの父も彼自身も『聖職者』の神託を受け、二代に渡って『大司教』を務めたことが、彼に『一族による権力の独占』という野心を抱かせてしまった。
だが、己がつくった子供が神託で『聖職者』が出るとは限らない。だから、彼は多くの子供をつくった。妻は3人いて、子供はアリアスを含めて10人もいる。けれども、今までその子供達に『地位のある神託』は出なかったのだ。子供を使った『神託』のルーレット。もはや、狂気であった。
そんな中、第三婦人のマリーの産んだ子供が『王』の神託を受けた。
マクティアノスは歓喜した。この国の最高権力である『王』を自分の子供が授かった。狂乱する夫を見て、三人の妻は戦慄した。権力に囚われ、自分達を道具としか思っていないこの男の子供を、絶対に『王』にしてはいけない。
アリアスは父からは必ず王になるように強く言われたが、母からは絶対に王になるなと教えられた。アリアスは母の言葉を信じる事にした。幼いながらも、父が家族にしている事に勘づいていたからだ。
年老いた第一婦人は離婚させられ、第二婦人は召し使い扱い。気に入らない『
こんな男の言いなりになってはいけないと決意を固め、6歳で王宮に召しあげられ、もう一人の王位継承者・ジュリアスに出会った。
彼を絶対に『王』にしようと画策したが、これが一筋縄にはいかなかった。
ジュリアスにはやる気がないのだった。講義も剣技も真面目に取り組まず、よく抜け出しては図書館で本を読み耽る始末。このままでは自分に素質があると判断されてしまう。
10歳の時にアリアスは本音をジュリアスにぶつけ、彼に王位につくように促した。だが、返ってきた言葉はこうだった。
「余はそなたを『王』にして、余を『風土師』に任命してもらおうと思っているのだが……」
唖然とした。
お互いがお互いに王位を押し付けあっていたのだった。ジュリアスの同意を得ようと、何度も説得を繰り返したが、『家族や神託から逃げている者の言葉は聞かない』と突っぱねられた。
自分の事を棚上げしているが、一理ある意見だった。アリアスは父親の傀儡になりたくないから『王』を拒否しているのだ。血筋と
アリアスは自分を下げるのは止めにして、どうすればジュリアスが王になりたいかを研究した。彼は王が嫌なのではなく、出来れば王以外の職業にもなってみたいと思っているだけだった。自由人の彼には『王』しか道のない人生がひどく窮屈なのだ。
だから、アリアスは王がどれ程『やりがい』のある仕事かを
いや、これはアリアスが導いた結果ではない。
『今まで通りに自分を補佐するなら王になる』というジュリアスの言葉にアリアスが乗ったのだ。導かれていたのは自分の方かもしれない。
「『神託』のせいで私の家は狂ってしまいました。けれど、『神託』のおかげで全ての
ジュリアスは俯いているアリアスの顔を見上げる。その目は悲観などしていなかった。
「血筋で仕事を引き継ぎ、権力を
この世界の仕組みを知っても、その基礎を認めて受け入れたアリアス。ジュリアスは兄弟の晴れやかな表情に胸を撫で下ろす。
「さて、これからどうするかな。裁判は判決を出さぬまま閉廷してしまった。ナオトの言葉を吟味した上でこの世界の行く末を決めねばならぬな」
「どのような下知を?」
「……国民にナオトの言葉をそのまま告げよ。そして、全ての者に判決を委ねる」
ジュリアスは迷う事なく指示を出す。アリアスは眉を
「国民に決めさせるのですか?あなたの判断ではなく……」
「ナオトが言っていただろう。この世界に生きる者達が決めよと……。『この世界』からしたら余も一人の人間に過ぎぬ」
彼の決定にアリアスはすぐに手配をさせた。
「あなたの意志は示さなくて宜しいのですか?」
「今回の件に余は関与せぬ。王としての言葉は告げぬ事にする」
「それでは、大司教が『原本』を盾に秘石師を貶めようとするはずですが……」
「だろうな……。だが、余が秘石師を押さずとも、彼を立てようとする者がおるだろう」
アリアスもその展開は予想できた。彼の言葉を信じ人民を導こうとする男がいるのだから。
「しかし、ナオトはモニカ・リースとリナ・ロックウェル、どちらの女性が好きなのだろうな」
ジュリアスは報告書を見てニタついていた。今までナオトが発した言葉の『全て』を記してあるのだから、彼女達とのやり取りも全て分かってしまう。
「本人達に余計な事を言わないでくださいよ」
「そこまで、野暮ではないぞ。だが、女性を知らないナオトに少しくらいはいい思いをさせてやりたいものだな」
アリアスは眉をつり上げながら、ジュリアスから報告書を取り上げ、そのまま暖炉に投げ入れた。釘を刺すように睨むアリアスにジュリアスはたじろいでしまう。
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