program 07

第31話 赤竜


 それは、最初から『プログラム』された滅びの始まり……。










 直人は森の中にいた。猟師に秘石の所へ案内してもらい、写しを始める。木炭を取り出して『シェイブる』のスキルで、先端を鋭利に削る。画家の秘石を見た時に知ったスキルで、面白いから取り入れた。只の鉛筆削りなんだけど、小刀で削らなくていいから楽になった。

 被さっている葉っぱをどかしてコードを書いていると、こちらに向かってくる女性の声が聞こえた。


「ここにいましたの、ナオト」


「リナさん、どうしましたか?」


「前に話した『防壁シールド』について打ち合わせをしたくて、探してましたのよ」


「ああ、魔術を組み込んだ防壁シールドですよね。すでにいくつか案を考えてますよ」


 リナの提案で防壁シールドに迎撃魔術を取り入れて、撃退できるように改良を考えていた。リナに少し待つようにいい直人は作業に戻る。


「こんな所にも秘石があるんですのね」


「ええ、前に漁村に行った時に海辺にも秘石があると知って、森にもあるのかなって……。こういうのも写しとかないと、何かあった時に対処できないかと……」


 この秘石は森に棲む動植物のための秘石だろう。恐ろしい話だが、これで生き物の数が一定以上減らないようになっている。どこまでもシステマティックな世界だ。







 写しを終えて街へ戻っていく。猟師に別れを告げて、事務所の方へ歩いていった。すでに自分がここに来てから半年以上が経っていた。壊れていた秘石は全て直し、再発してもすぐに修復できるプロセスを構築できた。

 『秘石師』としての基盤は十分に整い、新しいスキルや魔術のプログラムもいくつか作っていた。ここの生活にも馴染んできて、すっかり異世界ライフを満喫している。

 そういえば、元の世界での自分はどういう扱いになっているのだろう。一人暮らしといえど、何ヵ月も不在ではさすがに誰かが行方を探しているだろうか?

 いや、探してないかもしれない。そう思ってしまうほど、元の世界での自分の存在は希薄なのだ。







 王都の一つ手前の街を歩いている途中で空が鳴いた。それは雷鳴ではなく、低いコントラバスの音。それが獣の咆哮だと気づいたのは、空の向こうに黒いシルエットが見えたからだ。翼手を広げ赤い鱗に覆われたドラゴンが、こちらに向かってきてきた。


「飛竜っ!」


「違います。あれは……『赤竜』ですわ……」


「せきりゅう……?」


「……滅びを呼ぶ、赤き竜……」


 リナの顔は青ざめて強張っていた。他の者も赤竜の襲来に悲鳴も上げずに立ち尽くしていた。悠々と自分達の上空を通りすぎた赤竜は王都に迫ると、口腔から炎を吐き出した。

 目映い光と熱に手を翳した。

 数秒間、火炎が王都を護る大防壁グレートシールドを襲い、そのパワーに耐えられず亀裂が入っていく。赤竜は一度目の攻撃をした後、防壁シールドの上を通りすぎ大きく旋回していく。


「まずい!大防壁グレートシールドにヒビがっ!」


「ナオト!今すぐ秘石の修復を!」


「そうか、複写は全て事務所に置いてある!すぐに取りにいって……」


「いいえ、あなたは先に秘石室へ連れていきます!『番号ダイヤル』!」


 リナは指示を出しながら空に番号を打った。呼び出したのは秘石師の事務所にいるモニカだ。まだ、事態を把握していないモニカに写しを持って待機するように告げる。


強化ストレンジ!」


 リナは自身に肉体強化の魔術をかけた。直人に近付き彼を担ぐ。


「ナオト!担ぎますわ!」


「おわぁ!」


 ええっ!お姫様だっこぉ!大の男が年下の女の子にぃっ?


 リナは増強された筋力で直人の背中と膝裏を抱えた。みんな赤竜を見上げてはいるが、人目がないわけではない。直人は羞恥に耐えられずじたばたする。


「ちょっと!リナさん!下ろして……」


「暴れないでください!落としますわよ!」


「はっ!はいっ!」


 リナの強面にびびり直人はリナに抱きつく。強化された脚力でリナが地面を蹴ると、一気に屋根の上まで飛び上がった。体にかかる風圧の速度、そして失速した後の浮遊感はまるでジェットコースターのようだった。体がアームで固定されていない分恐怖心が増すが、リナが見事に屋根の上に着地し宙を駆けていく。

 あっという間に王都の広場に到着する。噴水の前に着地して、リナは直人を置いてモニカを迎えに行った。直人は噴水の横にある秘石室の扉を『解錠レリース』で開ける。


 その瞬間、上空で何かが割れるような音がした。透明な破片が降り注ぎ、開いた大穴から赤竜が侵略してくる。

 広場にいる者達は恐怖で身が竦み、声も上げずに放心している。赤竜が下りてくるのを見て、ようやく身の危険を感じて悲鳴を上げ始めた時、光の筋が飛んできて赤竜の侵攻を妨げる。

 直人は光が飛んできた方向を見ると、マントを靡かせ聖剣を手にしたケイスが立っていた。


「ケイス……!」


 屋根の上にいるケイスは赤き獣王を睨む。未だかつて誰も対峙したことのない脅威に立ち向かう。


「よもや、滅びの竜を相手にしようとはな……」






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