第29話 猫 下

 『官吏』の秘石を写し終えて、別の建物へ向かう直人。回廊を横切って建物の二階へ上がった所で、急に腕を引っ張られた。何処かの部屋に連れ込まれ、声を上げられないように手で押さえられる。抵抗しようとしたが、背中から手足でがっちり固められている。


「ん~っっ!んんっ!」


「落ち着いて!ナオナオ!うちうち!」


 聞いたことのある声に直人は暴れるのやめた。手を放され振り向くとさっきの茶髪の女性がいる。今度はちゃんと服を着ていた。


「ああ、オリビアさん!」


「にゃはは!さっきは失敬!つい興奮しちゃって、はしたない格好だったね!」


 はしたないという自覚はあったのか。でも、いきなり人気のない部屋に連れ込まないでほしいな。びっくりするから。


「君とお話したかったのだ!まぁ、座って!座って!」


 勧められたのはソファーの上ではなく布の積まれた木箱の上だった。隣に座るとオリビアはぐいっと顔を近付けていた。眼鏡をかけてるけど、距離感が分からない訳じゃないよな?


「ナオナオは~、リナリナの事どう思う~?」


「えっと、頼りになる人だと思いますよ。聖剣の時もたくさん助けて貰いましたし、意外と優しいし……」


「それだけ~?リナリナと付き合いたいとか、思わない?」


「ええ?俺とじゃ釣り合いませんよ。リナさんだって迷惑に思いますよ」


「そんな事ないよ~!だって、ナオナオはリナリナの救済主だもん!」


「救世主って何のことです?」


 聞き返す直人にオリビアは胡座をかきながら答える。


「あれ、知らないの?話してないのか~。デュランダルの秘石を魔術で修復したのはリナリナなんだよ~」


「えっ、リナさんがあれを?」


 直人がコードの修復をする前に砕けた秘石を直した魔術師がいたという話は聞いていた。それがリナだとは知らなかったし、本人は何も言っていなかった。


「自分じゃ話さないか~。リナリナにとっては辛い記憶だもんね~」


「どういうことです?」


「魔術による秘石の修復なんて、宮廷魔術師全員の顰蹙を買っちゃってさ~。でも、リナリナは王様に直願して、直してみたけれど結果はダメ!み~んなリナリナの事嘲笑ってさ~。自分達は何もしなかったくせに、行動したリナリナの事を悪く言ってた。ほんっと腹立つ!」


 自分に会う前にリナがそんな辛い経験をしているとは知らなかった。出会い頭に邪険に扱った事を後悔した。


「リナリナ気丈だからさ~。周りから嘲りは気にせずに職務はちゃんとこなしてたんだよね~!でも、仕事部屋に籠ることが多くなってさ、すごく落ち込んでたんだと思う」


 自分なら周囲から馬鹿にされながらも、働き続けるなんて絶対に無理だ。本当にリナは強い女性だ。


「でも、ナオナオが証明してくれた。リナリナのした事が間違いじゃなかったって!君はリナリナの恩人だよ!」


「俺はそんな大層な事はしていません。リナさんには助けて貰いましたし、恩だなんて思ってもらわなくても……」


「わかってないな~!恩人以上の気持ちもあるんだよ!リナリナには……」


「えっと、どういう意味です?」


「ん~、そこまでうちが言っちゃうのは~、ダメかな~!つまり、押し倒しちゃえってこと!」


「はい……?」


 急に話の落差がついた。リナが自分を恩人と思っている事と何の関係があるのだろう?


「だ・か・ら~!リナリナに迫ってもいいんだよって!リナリナってばそういう知識はあるのに奥手なんだもん!むっつりってやつだね!年上のナオナオが手解きしてあげてよ!」


 恥ずかしなから、手解きできるほどの経験値が俺にはありません。オリビアは直人の首に腕を回し、囁くように唆す。


「おっぱいだけじゃなくて、他も触っちゃいなよ~!」


「いやいや、おっぱいも触ってませんってば!」


「嘘だ~!触られたってリナリナ言って……」


 言いかけた途中でドアが勢いよく開く。目をつり上げたリナがそこにいた。


「オリビアぁ!」


 リナの怒号に直人はびびり、隣にいたオリビアを見たが、彼女はすでに猫の姿になっていた。『にゃ』と一声鳴いて窓の外へ脱出する。

 あの人身軽でいいな!てか、置いてかないでよ!


「こんな所で何をしていましたの!」


「すみません!オリビアさんに急に連れ込まれて!」


「もう!何か変な事を吹き込まれていないでしょうね!」


 直人は真っ青になりながら、首を横に振る。オリビアから教えてもらった事はリナが明かしたくないなら、黙っておこう。でも、一つ確認したい事があった。


「あの、リナさん一つ聞きたいのですが、祝祭の夜に一緒に寝てた時、何もしていないって言ってましたけど……本当は、俺何かしましたか?」


「…………なぜ、そんな事を?」


「いえ、オリビアさんが……俺がリナさんの、むね……を、触ったって……」


「…………」


 やばい……。怒ってるのかな。俺も猫になって逃げよう!いや、鳥がいいかな?


「……事実ですわよ」


「やっぱり嘘ですよね……って、ええっ!」


「ですから、オリビアの言っていることは事実です」


 マジですか!俺が!その胸を!触ったんですか!


「言っておきますが、無理矢理ではありません。同意の上です」


 ええっ!えっ!どんな手触りがしたんだろう。柔らかいのか?弾力があるのか?ああ、くそ!なんで何も覚えてねんだよ!千載一遇のチャンスをぉぉっっ!


 直人はリナの豊胸を見て、当夜の記憶がない事を後悔する。リナは悶々と妄想している直人を見て、場を設けようかと思ったが、恥ずかしくてやめた。



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