第29話 猫 上

 直人は王宮で働く職業ジョブの秘石を写すために、歩き回っていた。職業ジョブによって位置がバラバラなので、結構徘徊するはめになった。『官吏』の所に向かおうと間取りを見ながら歩いていると、頭の上に何かが落ちてくる。硬いものではなかったので頭部は傷付いてないが、物体のようでもなかった。何が落ちてきたのかと下を向くと、一匹の猫がいた。


「ねこ……?」


 その猫が足元にすり寄り、鳴き声を上げながら飛び付いてきた。


「なに?お腹空いてるの?俺、何も持ってないよ」


 なついてくる猫に困っていると、急に音と煙が発生した。白い煙幕を払っていると、中から女性のシルエットが動いて自分に話しかけてきた。


「やぁ~!いい感じで戻れた~!君が秘石師のナオナオだね!木の上から見かけて声かけなきゃ~って思って飛び下りたんだけど!猫のままじゃ喋れなかったわ~!にゃっはは~!」


 目の前に全裸の女性が現れて直人は硬直してしまった。茶髪のボサボサ髪を三つ編みにして、明るく一方的に話かけてくるが、彼女がすっ裸な事に頭がついていかない。


「リナリナから話は聞いてるよ~!ちょっと湿っぽい性格してるけど!知的で大胆な行動を取る人だって!リナリナったら君に気があるみたいだね~!ちょっと細身だけど、顔も悪くないし!お似合いだと思うな~!」


「あっ…………あの!あのぉ!」


「んん?どしたのかな?」


「ふっ……ふくっ!服着てください!」


 ようやく出てきた言葉がそれだった。持っていた画板で見えないようにしているが、チョロチョロ動く度に白い肌が見える。何なんだよ!恥女か?


「にゃっはははは!ウチの裸見たところで勃たんっしょ!リナリナみたいにおっぱいでかくないし!そういえば!君はリナリナのおっぱい触ったんだって?」


「ええっ?あの、さっきから言ってる『リナリナ』って、リナさんの事ですか?」


「そだよ?同衾したんでしょ?」


「はぁ!誤解です!何もしてませんよ!」


 確かに裸で一夜を共にしたけれど、何もなかったと聞いている。


「ええ~!リナリナからはそう聞いてたけど……」

ピートせ!」


 彼女が話している途中で呪文が聞こえて、彼女は再び猫の姿になってしまう。二人とも茫然としていると、その猫を鷲掴みにする手があった。


「何をしているのかしら、オリビア?」


 鬼の形相のリナがそこにいた。猫になったオリビアは必死にもがいてリナの手から抜け出し、木の上から屋根へ逃走する。


「にゃ!にゃ!にゃ~!」


「待ちなさい!」


 屋根の上に姿を消したオリビアを追いかけようとしたが、その前に直人に確認したい事があった。


「ナオト、彼女と何を話していたのかしら」


「えっ!ああ、なんだったっけ?突然現れたから。ええっと、リナさんから俺の事を聞いたって事くらいかな?」


「そうですか……」


 リナは苛立ちを押さえながら、彼女の逃げた方を睨んだ。


「あの……あの人誰ですか?」


「オリビア・ベッラですわ。わたくしと同じ宮廷魔術師の!」


 あの恥女さん、宮廷魔術師なんだ。ああ、前にリナさんが話してた一ヶ月間猫になってた人かな?


「なんか、愉快な人でしたね。良識はないですけど……」


「学院時代から奔放すぎて問題ばかり起こしてましたわ。わたくしがいつも尻拭いしてました。また、仕事をサボってますわね。もうっ!」


 リナの表情はどこか子供っぽかった。同期の前では年相応の顔をするのかと微笑んだ。


「なんですの?」


「いえ、ああ!俺、秘石の写しの途中なので行きますね」


 リナとの会話を切り上げて回廊の突き当たりの部屋に入る。


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