第28話 第二の神託

「『新たな神託』とは、どういう事ですか?」


「『神託』でその職業に就く者は一人だけではない。どれだけ高位な役職であっても、最低もう一人はその職業に選ばれる者がいる」


「えっと、第二候補がいるってことですか?」


「そうだ。余の他にも『王』の神託を受けた者がいたのだ。幼い頃から共に教育を受け切磋琢磨してきた者がな」


「ライバルってことですね」


 ジュリアスは直人の異世界用語には反応せず、肘掛けに凭れる。王子が二人いるのはよく考えれば合理的な事。

 もし、王太子が一人だけでその人が夭折した場合、次の『王』の神託を受けた者を待ち、教育して、成人になるのを待っていたら、空位の時間ができてしまうかもしれない。なんであっても『予備』は必要なのだ。


「『王』の神託を受けた者が成人し、王位の継承をする時には多少なりとも争いが起こる。それで血が流れる事も過去にはあった」


「まぁ、世の常ですよね」


「余の場合はもう一人が玉座を辞退したので、余が王位に就いた。因みにそこで立っている者がもう一人の王位候補だった者だ」


「ええっ!」


 直人は素っ頓狂な声を上げて後ろを振り向く。さっきの『デカチン計画』にも眉一つ動かさなかった彼が『元・王子』だったとは……!


「今は余の補佐官として働いてもらっておる」


 護衛かと思ってた。彼は唖然とする直人を見ようともせず、毅然と佇んでいた。


「『神託』によって複数人が王に選ばれるのは良いのだが、継承争いで揉めるのは非効率だと余は思う。そこで、ナオト。秘石師の力を持ってすれば『第二の神託』というのを作るのは可能だろうか」


 ようやく話が一周した。

 ジュリアスが描くのは王位の選択も『神託』に任せたいというものだった。確かに『神託』という一つの示唆があれば、争いは起きないかもしれないが、直人はそれには難色を示す。


 『神託』のシステムとはこの世界の人が思っているような、神聖で絶対的なシステムではないからだ。


 要は、存在する職種の中からランダムに3つの職業を振り分けているに過ぎない。家系や才能、人柄は全く関係ないのだ。

 神様に『あなたには○○という職業が向いている』と言われたから、人々はその職業に向けて努力しているに過ぎない。いわば、暗示だ。こんなのスマホのアプリにも使われるくらいの簡単なプログラムだ。


 そんな詐欺みたいなシステムだが、その職業の秘石に名前が刻まれれば、必要な能力はある程度の付与され、勝手にステータス更新される。本人の努力次第で地位が上がることはあるが、そのままでも平均以下にはならないから、暮らしていくには困らない。


 単純だが、上手い構造だと思った。


 だから、ジュリアスが望む『第二の神託』とは本来の『神託』のシステムとはかけ離れている。

 その者の能力、家柄、心身の状態、その他諸々の条件を踏まえた上で取捨選択をするのならば、それこそ人工知能並のプログラムを構築しなくてはいけない。今の直人にそんなものは作れないし、返ってランダムにしたら取り返しのつかない結果になる。


 その者の能力や人柄を見て相応しい者を選ぶというのは、やはり『人』でなくてはならない。


「申し訳ありませんが、王様の望むものを俺は作れませんし、必要ないと思います」


 熟考した直人はそう答えた。ジュリアス王はしばし直人を睨んだ後に肩を竦めた。


「そうか、無理を言って悪かったな。やはり、神託は今まで通りで良いという事だな」


「はい。神託はそのままでいいと思いますが、一つ修正してもいいとするなら、俺は『無職ノー・ジョブ』をなくしたいですね」


「何故だ?」


「だって、すべての人に職業ジョブが与えられるのに、何にもなれない人がいるなんておかしいじゃないですか。不要だって言われてるようですよ」


 直人も無職ノー・ジョブと神託されてショックを受けた。才能がないと嘲笑われたようだからだ。


「そうかな。余は無職ノー・ジョブは必要だと思うぞ」


 ジュリアスの言葉に直人は顔を上げる。金色の瞳が優しく見つめてくる。


「確かに無職ノー・ジョブは何にもなれないが、何でもできる者だと余は思う」


「なんでも、できる……?」


「昔、一人の無職ノー・ジョブが旅に出て各地を転々とした。その放浪記を本にまとめて国に納めたという。そこから風土記が生まれて『風土師』が誕生した。

余はその無職ノー・ジョブが描いた伝記やそれを元にした書物や物語が好きでな。『王』じゃなければ、『風土師』になりたかった」


 また、ある無職ノー・ジョブは様々な職業ジョブの見習いをする内に、物流が滞っている点を見つけて、それを報告。『卸売屋』という職業ジョブを作り出した。


無職ノー・ジョブは凝り固まった社会に新しい風を吹かせるために、選ばれた者なのだ。そなたもそうであろう……。

『秘石師』ナオトよ」


 無職ノー・ジョブは必然的に作り出された『異分子』。内側ではなく外側に目を向けるために用意された歴とした『職業ジョブ』なのだ。





 王との雑談を終えて直人は退室した。壁の一部になっていた補佐官・アリアスが王に話しかける。


「王命であっても彼は秘石を改変する事はありませんでしたね」


「だから、言ったであろう?ナオトは私利私欲のために秘石を歪める者ではない。それは彼をずっと『見てきた』そなたが一番知っているはずだ」


 補佐官は特殊スキルを保有している。それは『間諜かんちょう』だ。どれだけ離れた場所だろうと指定した対象人物の動向を見聞きすることができる。だからこそ、秘石を直している直人の存在をいち早く知ることが出来たし、直人の発言が嘘じゃない事も知ることができた。


「ですが、何者かに脅されれば秘石の改変を行うかも知れません。引き続き監視はつけておきます」


「好きにしろ。そなたは余とは違う見方ができるからな。だから、補佐官にしたのだ」


「己が楽をしたいからではないのですか?」


 兄弟同然のアリアスに窘められ困った顔をする現国王。玉座に就いた王は、その大半がもう一人の王位継承者を政局から遠い職業ジョブに転職させ王宮から追い出す。

 だが、ジュリアスはアリアスを側に置き、国務を手伝わせている。要は彼に仕事を押し付け、空いた時間で自分は外へ抜け出しているのだった。

 勝手気儘なジュリアスの手綱を握っておく事にアリアスは常日頃から苦心しているのだ。





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