Program 06

第26話 心配

 翌日には直人の体調は改善した。まだ、快調ではないが昼過ぎには起き上がって、仕事部屋で作業をしていた。直人は時間のある限り、自分が知っているプログラムの知識を書き記していた。

 コードも解説も英語で書かなければならないので、少しずつしか作業が進まない。けど、知識は受け継がなければならない。自分がいつまでもここにいられるとは限らないのだから……。


「秘石師・ナオト殿はいらっしゃいますか?」


 女性の声が自分を呼んでいる。モニカは出払っているので、ナオトは椅子から立ち上がり、一階に下りていく。

 玄関にはメイド服を着た女性が立っていた。この世界の使用人の制服だ。


「我が主、リナ・ロックウェル様がお呼びです。宮廷魔術師の館までご同行下さい」


 リナからの招集に着替えて向かおうとしたが、そのままで良いと言われたので羽織ってたカーディガンを着て馬車に乗り込んだ。





 宮廷魔術師の館は王宮のすぐ近くにある。王宮で働く全ての者に魔術を提供するのを生業としていて、使える魔術も幅広い。ここに来るのは二度目だが、白い壁に壮麗な装飾の施された立派な建物に圧倒される。使用人と一緒に入っていくが、途中で宮廷魔術師とすれ違う度に、訝しむような目で見られた。

 パジャマとカーディガンで来るような所じゃねーな、後悔。

 リナの仕事部屋まで連れてこられて、部屋に入ると椅子に座ったままのリナが直人を出迎える。


「ごめんなさい、ナオト。体調が良くないのに、呼び出してしまって……。仕事が溜まっていて伺えそうになかったの」


 リナは書き付けをして紙袋のようなものをトレイに置いていく。直人をソファーに座らせ、用意していたレディーグレイをカップに入れて差し出してきた。


「モニカから熱を出したと聞きましたわ。今は大丈夫そうね」


「ええ、なんとか……」


 直人が熱を出した要因は『過労』と『体力の低下』だった。『スキル』を使うのにも体力がいる。本来なら生活に必要な『スキル』は学校で習い徐々に使っていくし、仕事で使う『スキル』も少しずつ慣らしていく必要がある。

 だが、直人は激務のせいでいきなり『スキル』を多用したので、体が悲鳴を上げたのだった。


「スキルに体がついていかないようですわね。これを贈りますわ」


 直人は飲んでいた紅茶のカップを置いて、リナが机の上に出した物に注目する。それは入れ物に納まっている指輪だった。エメラルドグリーンの石が嵌め込まれた純銀の指輪。


「指輪……?」


「ええ、魔法石ですわ。スキルや魔術による体への負荷を軽減してくれますの。常に身に付けて下さい」


 男が指輪を付けるなんて、なんかチャラい感じがする。でも、自分の体を心配して贈ってくれたんだから、付けてみよう。


「この指輪はどこに付ければいいんですか?」


「私と同じように薬指に付けてくださる」


 ん?薬指に指輪?それって、結婚指輪みたいじゃん!ええ、付けていいのかな?まずくね?


「あ~と、俺の国では、その、薬指に指輪をするのは、……結婚の証であって……あの……」


「なっ、なななっ、何を言っているんですの!そんなつもりじゃありませんわ」


「わっ!わかっていますよ!あくまで俺の国の風習ですから!」


 この世界の婚姻の証は指輪ではない。でも、直人の言葉で顔を真っ赤にするリナ。直人にも伝染して顔を赤らめていると、リナが杖を取り出した。


「ナオト、指輪を胸に当ててくださる?」


「こうですか?」


 リナは魔術を使い指輪に鎖を通し、直人の首に回す。ネックレスのようになった指輪が直人の首に下がった。


「これでも効果があるはずですわ……肌身離さず持っていてください」


「ありがとうございます、リナさん」


 直人は指輪をシャツの中に仕舞い胸元におく。握ると少し温かい気がした。







 帰りも馬車で送ってもらい、事務所に戻ると奥から物音が聞こえた。モニカが戻っているのかと思ったが、台所の方から大きな物音が聞こえる。何かを叩き付けるような音に怯えながら、不審者かと思いゆっくりと奥の扉を開けた。

 真ん中の作業台の前で、刃渡り15センチの大きな刃物を振り下ろしている男がいる。しかも、下着にエプロン姿だ。不審者じゃなくて変質者か……!

 いや、よく見たらケイスだった。


「おお、帰ったか!ナオト」


「何してるんだ?ケイス」


「料理をしている。台所を借りているぞ!」


 この状況にいろいろツッコミたいが、まずは何でそんな格好をしているのか。女性の裸エプロンなら、いや、直視できないが……、ガチムチ男の裸エプロンも見るに耐えないぞ。


「あんたは何で裸エプロンをしているんだ!」


「裸エプロンとは何だぁ?」


「その格好は何なんだ!」


「ああ!ガンダルを調理していたのでな!服は汚れるから脱いでおいた」


 直人が作業台に視線を落とすと、以前にケイスが担いでいた魔獣の肉がそこにあった。


「熱で倒れたと聞いたぞぉ!滋養のために作ってやろうと思ってな」


「ええ、それを……俺に食わせようと……?マジで?」


 直人は怒鳴る元気もなくして、ケイスに促されてリビングへ行く。

 その後、30分もしない内にケイスが魔獣の肉を使った料理を持ってきてくれた。見た目はチキンカレーのようでパンとセットだと美味しそうに見える。でも、これあの紫色の魔獣の肉なんだよな?満面の笑みで見つめてくるケイスがちょっと怖かった。


 ここまでしてくれたのに下げさせるのも心が痛むので、直人は腹を括った。


 いざ!異世界メシ!


 スプーンで肉を掬って口に運ぶ。目を固く閉じて様々な刺激に心の準備をしたが、その肉は辛くもなく痺れもしない。苦くもないし、変な感触でもない。むしろ、口の中でほろほろ砕けて弾力はあるのにゼリーのような舌触りだった。臭みもないし、噛むごとに肉汁が溢れてきた。


「……うまい」


 素直な感想がそれだった。魔獣の肉なので忌避してきたが、これは異世界に来たら1度は食べるべき味です!そう観光ガイドに書きたくなるような珍味だった。


「だろ~!まだまだあるから!どんどん食えよ!」


「うん、でもそんなに食えないから、消費を手伝ってくれ」


「わかった!台所を片付けたら、相伴に預かるとしよう!」


 ケイスが台所に戻るとモニカも戻ってきて、3人で食卓を囲んだ。


 その後、週に2・3日はケイスが夕食を作りに来てくれた。暇なのか?……勇者は。

 聞けば親が料理人らしくケイスも時々店を手伝っているそうだ。実際、料理は上手いし、台所もちゃんと片付けてくれるから容認した。そして、細かった直人の体は少しずつ肉がついてきたのだった。




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