Program 04

第16話 魔獣

 10日かけて旧魔王城のある土地までやって来た。この2日は野宿を続け森の中を進む。道すらなくなったので、木に馬を繋いで歩いて森の中へ入る。草木を踏み分け、木々の上から塔が聳えてきた。それがだんだんと全体像を現してくると、旧魔王城が見えてきた。

 立ち込める霧に、壁も屋根もナイトブルーの建物。所々、朽ち果て瓦礫が散乱しているが、500年間野晒しにしてはその原型を保てている。


 いやぁ~!雰囲気ヤバイだろ!見た目の陰湿で暗い感じもそうだが、湿気や匂い、音も全て恐怖心を植え付けてくる。ゲームじゃなくてリアル体験してんのがヤバイな。あと、なんでこういうホラー演出の時にやたらとカラスがいるんだろう。


 モニカは不安がって直人にくっついている。リナもなぜか裾を掴んできた。いや、お化け屋敷じゃないんだから、脅かされないよ!


 ケイスを先頭に進んでいく一行。20メートル先の門まで真っ直ぐ歩いていると、ケイスが急に大剣の柄を握る。先を睨む面持ちに直人達も緊張していると、崩れた煉瓦の壁から牛の頭がぬっと現れた。こんな所に放牧の牛がいるのではない。上半身が牛の体で下半身が人間の体を持つモンスターだ。


「ミッ……ミノタウロス!」


「まだ、魔獣が残っていたなんて……」


「下がっていろっ!」


 自分達の声に気づいたのかミノタウロスは低い咆哮を上げる。手に持った大斧を振り上げて襲いかかってくる。ケイスが剣を抜いて振り下ろされた刃を受け止める。そのパワーが全てケイスの肉体にのし掛かる。今のケイスの筋力は通常に多少の割り増しがされている程度だ。全身が裂けるような痛みに肉体が悲鳴を上げる。


「うおおぉぉぉぉっっ!」


 雄叫びを上げて大斧を弾き返す。胴が空いた隙に斬り込むが、傷付けることが出来ない。ケイスが持っているのは強度の高いだけの剣であり、なんの特殊効果もない。ミノタウロスの皮膚を裂くほどの切れ味がない。


「さすがは中級の魔獣!パワーも強度もあるな!だが、俺は『勇者』だ!舐めるな!」


「ケイス!挑んではダメよ!引きなさい!」


 リナの制止の声もケイスには届かない。予想外の魔獣との衝突にモニカとリナは当惑しているが、直人は冷静に記憶を掘り返していた。


「リナさん、確か魔王討伐伝にこう書いてあったよな。『門を護りし魔獣は聖なる光によって退いた』聖なる光は何かしらの魔術なんじゃないのか?」


 急に問いかけられたので、リナは反応が遅れて答える。


「それは聖剣デュランダルの事ですわ!聖剣の輝きによって魔獣達が下がったのです」


「なるほど、それも聖剣の威光を示すパフォーマンスなのか……」


 直人は少し考えをまとめた。そして、ケイスに驚きの指示を出す。


「ケイス!ミノタウロスを倒さなくていい!隙をつくって通り抜けられないか!」


「なっ!待ちなさい!何を勝手に指示を出しているの!ケイス!引き返しますわ!戻ってきなさい!」


 直人とリナの判断は真逆になった。どちらの意見を聞くべきか逡巡しゅんじゅんしたが、そんな余裕はなくなった。ミノタウロスの他にも別の魔獣が寄ってきていた。

 緑色の肌の大男達だ。ミノタウロスほどの巨体ではないが、ケイス達の周囲から何体も現れた。


「オークまで!ダメですわ!」


「くそっ!最初のミノタウロスの奇声で寄ってきたのか!ステルスで進めば良かった!」


「行動の中断を下します。兵を揃えて挑まないと……」


ブロべ!」


 リナが言い切る前にモニカが魔術を使い、ケイスの加勢に入る。杖から発射される突風でオークを弾き飛ばしていた。


「モニカまで!何をしているの!」


「ナオト!ここを突破できればいいんですよね!なら、行きましょう」


 モニカはナオトの指示を信じ、道を切り開こうとした。リナにはそれが理解できず、声を張って連れ戻そうとした。


「戻りなさい!ケイス!モニカ!死んでしまいますわ!」


「いいや、俺達も行こう!」


「待ちなさい!」


 駆け出そうとした直人の両足は硬直した。その場から一歩も動かせず自分の体ではないようだった。


「あなただけは行かせませんわ!あなたを失う訳にはいかないの!」


 リナの左手の指輪が光っている。モニタが言っていた魔法石の絶対服従だろう。この場面で使われるとは思わなかった。


「討伐伝に書いてあっただろう!こいつらは聖剣の輝きによって退いた魔獣の生き残りだ!つまり、倒されずに放置されてしまったNPCなんだ!」


「また、訳の分からない事を言って!そうやって煙に巻こうとしても無駄です!生き延びた魔獣がいるなら、城の中は魔獣の巣窟になっているということですわ!」


「違う!伝記によれば他の魔獣は倒されていた!魔王が倒され、その後復活していないなら、倒された他の敵キャラも復活してないはずだ!」


「仮にそうだとしても、あの魔獣が追ってきたらどうします!迷路のような城の中を逃げ切れますか!」


「あの敵キャラは恐らく『門番』だ!この門の周辺しか『巡回』しないはず!」


 これははっきり言って確証はないし、証明もできない。あの敵キャラの行動範囲が城中全体ということもあり得る。だとしたら、直人の作戦は端から破綻している。問答していると、ミノタウロスを相手にしているケイスが叫んだ。


「ナオトォォ!

倒すのではなく!突破できればいいのだなぁ!」


「そうだ!門へ逃げ込めば、こいつらは追ってこない!」


「何を根拠に……!」


「ミノタウロスは俺が引き受けるぅ!モニカとリナでオークを退けてくれぇ!」


「私の使える魔術では一体一体を吹き飛ばすのが限界です!一気に蹴散らす事はできません!」


 モニカの言葉に直人はすぐに意図を理解した。『市井魔術師』のモニカでは無理でも、『宮廷魔術師』のリナならなんとかできる魔術を持っているかもしれない。


「リナさん!あなたならオーク達を一気になんとかできる魔術が使えるんじゃないですか!」


「ある事はありますが……突っ切るなんて無謀です!他に魔獣がいないという確証も……!」


「でも、出来るんですよね!やってください!」


「そんな……!」


 リナと直人が議論している間もケイスはミノタウロスの攻撃をなんとか凌いでいる。体にかかる重圧がひどく、すでに腕の限界が来ていた。だが、気力を振り絞り大斧を受け止める。


「頼む!リナさん!俺を信じてくれ!ここさえ突破できればいいんだ!力を貸してくれ!」


 直人の強い言葉にリナは惑う。こんな蛮勇を仕掛けるなんて、リナにはどうしても出来ない。



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