第8話 騎士団

 それから直人は秘石の修復行脚に繰り出した。祈祷書に記してあるスキルの修復を持ちかけたが、ほとんどの者は秘石を見せることを拒んだ。『秘石』とは、絶対に開示してはならない神聖なものなのだから、当然だろう。スキルの修復と掟を破る事を天秤にかけれて、モニカの申し出を断ってしまう。でも、彼らにとって、使えなくなったスキルはその程度のものなのだ。あったら便利だが、なくても別に困らないスキルなのだ。


 だが、スキルや魔術の有無が死活問題な職業が一つある。『騎士』だ。彼らの持つ武器や武装が使えなくなっては、仕事に支障が出る上に、国防も危うくなってくる。騎士団本部に足を運んだ直人とモニカだったが、当然突っぱねられる。だが、モニカがマルク村の話をすると、応対してくれた騎士は団長に話を通してくれた。


 出迎えてくれたのは騎士団長・デューク・アルテイドだった。いや、肩書きだけで格好いいわ!騎士団長!一度は名乗ってみたい!

 モニカが彼と話して、直人には防壁シールドの修復の実績があることを説明した。半信半疑の団長だったが、モニカの話を真摯に受け止め、秘石室を開けてくれた。

 騎士の秘石室は一言で言うと広かった。騎士団本部のだだっ広い敷地の地下のほとんどを秘石が占めており、25メートルくらいの細長い秘石室がなんと3つもあるらしい。これを全部読み解かなければならないのかと思うと、少し目眩がした。


 『武器』『武装』『スキル』の中でまずは武器の修復をお願いされた。といっても、防壁シールドの時とは違い、参考に出来る秘石が他にない。ならば、無事な武器のコードを読み解きそれと同じような効果と性能を当てはめていくしかない。要は組み換えパズルだ。これはなかなか骨が折れる作業だぞ。


 数名の騎士達に集まってもらい武器の効果や性能、擬音までも細かく聞き取っていった。騎士の中には女性もいた。割り振られる職業ジョブには男女差は特にないらしく、漁師や大工などの職業ジョブに女性がなることも特に珍しくない。直人は甲冑に身に付けた女性にちょっと見惚れてしまう。女騎士!格好いい!

 直人が武器の特徴を聞いているとモニカ達の会話が耳に入ってきた。


「やっぱり、使えない武器がでてきているんですね」

「ああ、聖剣の事があったから不安ではあったんだが、まさかこっちまで余波がくるとはな……」

「大丈夫です!ナオトがきっと直してくれますから!」


 だから、安請け合いしないでってば!心の中でそう叫びながら直人は溜め息を吐いた。


 武器の名称とそのコードを紙に書いていく。モニカにも手伝ってもらい、まずは写しの作業を黙々と進めていく。モニカは結構いい働きをしてくれる。コードの範囲もすぐに理解できたし、スペルや記号の書き損じもない。変な部分があると、すぐに聞きに来てくれるから、破損点もすぐに見つかった。


 そこから組み換え作業が入ったが、これがなかなか地道だった。書き込んでは消してを繰り返して、一本の剣を修復するのに二時間は掛かった。疲労感を抱えながら成功例を一つ出すと、堰を切ったように残りの武器や武装も頼まれてしまった。また、長い呪文のように使用不可のスキルを並べられた時、直人は怒鳴り声を上げる。


「だからぁ!過重労働オーバーワークだって!言ってんだろぉがぁ!」


 皆、直人に言葉に首を傾げる。もう、その反応はいいってば!しばらくは宿舎に泊まらせてもらう事にして地味作業を続ける事にした。





 秘石の修復に忙殺されてはいるが、案外騎士団の生活は快適だった。部屋は貴賓用のものを宛がわれ、ベッドも軋まなく綺麗であった。騎士達に出される食事も豪勢なもので、ローストビーフみたいな肉のスライスにマッシュポテトと果物。パンも上質な小麦を使っているのか柔らかく、しかも焼きたてのものだった。出された料理にはわくわくしたが、食堂で食べるのは嫌だったのでトレイを持ったまま外へ出た。


 作業を一緒に手伝っていたモニカは直人の姿を探した。先にお昼を食べに行った直人の姿が食堂になかったからだ。彼が外に出ていった事を騎士の方に聞き、本部内を歩いて探す。まさかと思い秘石室を覗くと直人の姿があった。松明を灯した室内でコードを写している。昼食のパンをかじりながら、木炭を小刀で削る。床が汚くならないように紙で作った入れ物の中にカスを落としていた。モニカは静かに直人に近付く。


「ナオト……、こんな所にいたんですか」

「ああ、……うん」

「食堂でゆっくり召し上がったらいいのに……」

「人が多いところ苦手なんだ」


 直人はコミュ障だ。学校生活では友人をつくことはなく、ボッチの青春時代だった。社会人になってからは、必要な会話はするけど、個人的な話は一切しない。フリーランスで働いている時の方が精神的には落ち着いていた。本当に、つくづく自分は社会不適合者だと痛感する。

 モニカは直人の側に腰掛け黙って直人の作業を見ている。隣にいられても気の効いた会話はできないし、一人にしてほしかった。


「秘石とは一体何なのでしょうか?ナオトはこれが何かを知っているんですよね?」


 モニカが話を振ってきた。やっぱり、気まずいと思ったのかな?


「あ~、まぁな。詳しくは言えないけど、魔術やスキルの土台って言えばいいのかな?」

「何でしたっけ?ぷろ…ふらむ、でしたっけ?」

「プログラムな。正確にはゲームプログラムだ」

「げーむ?」


 モニカは聞いたことない単語に疑問符を浮かべる。この世界の人からしたら、コンピューターやゲームなんてものは想像もできない代物だろう。


「ゲームっていうのは、小さい世界を創造してそこにキャラクター……まぁ、登場人物っていうのかな?それを動かして遊ぶ物なんだ。キャラクターは魔術が使えたり、剣を持って戦ったりする事ができる。その動作一つ一つを機能させるのがプログラマーの仕事ってわけ……」

「なんだかすごいですね。神様みたいです!」


 モニカはまた『神様』という表現を使う。確かにこの世界の根幹を司る『秘石』を操れる自分は、神に近しい存在だろう。けど、別にこんなの大したことじゃない。『誰でもできる』ことなのに、おかしな事を言うなと直人は思った。




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