ACT.2

11 トバ組:Guild Toba

 時は少し遡り、流星落下の翌日、早朝。


 マキシから逃げおおせた荒事請負トラストトバ組の魔術師ウィザード朝比奈アサヒナカオルは、内郭インナー八区にある酒場バー“ストレンジレット”にやって来ていた。

 八区は隣の都心セントラル一区や七区に比べれば、昔ながらの寺社や百年以上前の長屋が残る古めかしい土地柄だ。

 それもあってか、産業複合体メガ・コンプレックスの直轄ではない企業コーポ荒事請負トラストが軒を連ねている。

 朝比奈アサヒナが身を寄せる“トバ組”も、そんな荒事請負トラストの一つ。

“ストレンジレット”は、そんなトバ組が用心棒をやっている店だった。

 早朝で一般の客は居らず、流行を外れたパワーメタルが流れる店内には、あちこちで酔い潰れた組員メンバーが転がっている。

 朝比奈アサヒナは奥の一段高いところにある長机のブースでカウチに座り、机に足を投げ出して一杯やっていた。


「また、依頼ランに失敗したって?」


 空のグラスを下げ、新しいウイスキーのグラスが置かれる。

 定規で測ったように切りそろえた長い黒髪のストレンジレットの女主人ママは、自分のグラスを持って隣に座った。


「トバの看板では受けてねえよ姐さん。それに相手がバケモンだったンだ」


 そう言って朝比奈アサヒナはウイスキーをあおる。


「それは災難。でも……このニュートウキョウは元から、化け物に怪物、魔物に悪魔が闊歩している街じゃない? お友達にも超級魔術師アークウィザードなんて魔人が居るし」

「違いねぇ。そういえばあいつも正真正銘のバケモンだったな」


 カウチのクッションに深く体を預けて、朝比奈アサヒナはため息を吐き出だした。

 金髪をかき上げ、サングラスを掛けなおす。


 このところ、請け負う依頼ランはケチが付いてばかりだ。

 スピンドルから来た戦闘義体ウォーフレーム――マキシと言ったか――にちょっかいを掛けろという今回の依頼ランにしても、出処が相当に怪しい。

 仲介屋フィクサーのハイカラ経由で受けたが、あの女は余り裏を取らずに荒事請負トラストに流せと指示された節がある。

 朝比奈アサヒナがソロで受けていなければ、トバ組か、それか、どこか他のギルドがマキシに壊滅させられていた可能性だってあった。

 それに予想に反して、耳を揃えて報酬の金が支払われたことも引っ掛かる。


 相手の戦闘義体ウォーフレーム・マキシは、最新のM4型義体に、ベヒモスかリヴァイアサン級の粒子制御デーモンデバイスを持つ化け物だ。

 そして渡されていた怪しげな【脳喰らいブレイン・イーター】というAIアプリ。

 中毒成分を増量ブーストした【強化薬アクセラレータ】を使い続けても、精々、脳細胞が余計に溶けるくらいで、頭から化け物が生えるなんてのは見たことがない。


――大体、デーモンAIとかいう、あの実体化したヘラジカの骸骨はなんだ。


カオル?」

「いや、すまン」


 思案に耽っていると、女主人ママ朝比奈アサヒナを現実に引き戻す。


カオル依頼ランの失敗を気にするなんて、めずらしいじゃないか」

「昨日、スピンドルから墜ちたって流星、知ってるか?」

「小一時間ほどでセンサ・ネットから消されたアレだろ。アングラ・サロンにゃ残ってないが、タルタロスまで行けば、まだ映像は掘れるはずだけど?」

「どうもアレを見てから、妙な胸騒ぎが止まなくてな。ずっと鉄火場に座ってるような気分だ」

カオルの勘は当たるからねぇ……」


 残ったウイスキーを飲み干して朝比奈アサヒナは言った。

 グラスを置いて隣を見ると、女主人ママ通話コールが入った。

 通話コールの相手は、店の用心棒バウンサーのようだ。


「追い返しな」


 女主人ママがそう指示して数秒後、ガタガタと揉み合う音が聞こえた。

 そして店の入り口の方から、扉が吹き飛ぶ音。

 何だったら、その吹き飛ばされた扉の残骸と用心棒バウンサーの男が、朝比奈アサヒナから見えるところまで転がってきた。


「おいおい。今日はもう帰って、ニ、三日寝るつもりだったンだがね……」

朝比奈アサヒナを出せと、言っているそうよ」

「冗談キツいンだが?」


 まだそんな軽口を叩く朝比奈アサヒナだが、乱入者の金属質な足音を聞いて、その表情が引き締まった。


「まさか、だろ」


 裏通りには不似合いな、白い猫耳アンプの付いたパーカー。

 陶磁のような肌のサイバーフェイスには薔薇色の髪ローズレッド金緑の異眼オッドアイと桜の花びらのような唇。

 その派手な姿の乱入者は、スピンドルの戦闘義体ウォーフレーム・マキシだった。


「ようやく見つけた」

「お前とやり合った外郭アウターのコンビニからここまで、何キロあると思ってやがンだ。どうやって探り当てた?」


 聞くと、マキシは朝比奈アサヒナの肩を指さした。

探針ソナー】で強調表示ハイライトしてみれば、スーツの肩のところに、骨を持ったクリオネのような物体が張り付いていた。


「【物見高い妖精サーチ・フェアリー】……追跡トラッキング抵抗レジストして油断したね朝比奈アサヒナさん」

「実体化する出力レベルのAIアプリを使って、やること発信機の仕込みなンか」

「センサ・ネットでは情報を発信していないモノの方が珍しい。きっちり光学迷彩クロークしちゃえば、割と盲点なのよね」

「まったく、こんなカビの生えた古典的な手口を見抜けないとはな。俺もヤキが回ってきてンな」


 朝比奈アサヒナは手の平に幾何学模様を描いて赤熱する【防壁破りパルバライザー】を呼び出し、スーツの肩に張り付く骨を持つクリオネ――【物見高い妖精サーチ・フェアリー】を一息に握り潰す。

――バキンッ。

 そんな、ネットのデータには似つかわしくない金属質な音がした。


「それはそうと……ここはトバ組のシマだ、カチコミにでも来たンか? あんた」


――ザアッ!

 一斉に銃を抜く音がして、店のそこかしこから、無数の銃口がマキシに向けられた。

 酔っぱらいで飲んだくれていた組員の首に付いた、ろ過プラント・クロームが、血中のアルコールを一斉に吐き出し、酒臭い霧が漂う。


無重力合金鋼ゼロスティールに、鉛玉は効かないのは知っていると思ったけど?」

「この数で滅多打ちにされりゃ、さすがの装甲はともかく、中身が参るんじゃないか? アンタに生身がどれほど残ってるかは知らンが」

「なるほど……まあ、じゃあ、その前に全員殺そう」


 マキシは郊外のコンビニで見せた、剣呑な気配を放って見せる。

 そこらのチーマーやストリートキッズなら、それでビビッてズッコケて終いだろうが、さすがにトバ組の組員メンバーはその程度では怯まない。


 これは度胸試しチキンレースだ。

 全員で睨み合い。微動だにしない。

 弱腰を見せて一歩でも引いたら負け。かと言って粋がって安い引き金を引けば、辺り一面血の海だ。

 このマキシという女――戦闘義体ウォーフレームだから中身も女とは限らないが――はそこのところを良く分かっていた。

 一体多数の喧嘩を売ってくるような頭のイカレた奴の相手は、大抵こうなる。

 たかが鉄砲玉相手に、ギルドの人間を何人も潰されてはたまったものではない。

 挙句、このマキシという女の場合、この状況からでも生きて帰る自信を持っているし、その能力もあるだろう。

 こうなってしまうと、手下がビビッたり、キレて暴れ出す前にどうにかしないといけない意味では、朝比奈アサヒナの分が悪い。

 横で女主人ママが紫煙を燻らせて、組員メンバーに目を光らせているから拮抗しているが、いい加減若い組員メンバーが暴発しそうだ。


「まったく……イキがいいねえちゃんだよ……用がないなら、その自慢の手足バラして売春宿に売られる前に、帰ってくンねえかい?」


 慎重に朝比奈アサヒナが口を開いたことで、ガチャリと、誰かが銃を構えなおした小さな音が、恐ろしく店内に響いた。

 いつの間にか、流れていた音楽も止まっている。


――こいつの返答次第では、しばらく肉は食えねえな。


 そう内心肝を冷やしながら待っていると、マキシはあっさりと両手を上げる。

 よく考えれば、こいつはまだ銃を抜いていない。


「実は、荒事請負トラスト朝比奈アサヒナさんに用があってきたんだ」

「てめえ! ふざけてんじゃ――」


 相手が引いたのを見て、即座にマキシの額に銃口を押し付け、胸倉を取りに行った若頭リードを片手を上げて鎮めた。

 若頭リード朝比奈アサヒナが頷くのを見て、やや大げさに、渋々といった風に下がる。


「それで、何の用だ? ウチの店の扉吹き飛ばすほどの要件なンだろうな?」


 どうにも組員メンバーが多いところでは舐められるわけにもいかず、やりづらい。

 そんなことを考えながら、朝比奈アサヒナはドスの利いた声で聞くと、帰ってきたのは意外な名だった。


鹿賀カガ咲耶サクヤという男を探している」

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