10 此花咲耶:Flower Drift
エア・ビークルは要人仕様で、何も無防備なまま空を飛んでいるわけではない。当然のテロ対策として、追跡阻害や視覚阻害系のAIアプリを常駐展開している。
しかし
「
「いや
「社長の命が優先だ!」
いかにも軍人らしい。まあ地上から携行ミサイルが迫っているのだ、言っていることは間違っていない。
軍人であれば指揮系統の保護は優先すべきだし、兵隊の
裏切ったにせよ敵に操られたにせよ、その落ち度は
ヴァレリィが冷血なのではなく、そういう風に練り上げられたシステムだ。
そして
駄目で元々でミサイル誘導ビーコンに【
そもそも、この誘導ビーコンを破壊したところで、ミサイルにスマート・システムでも積んであれば、軌道予測されて数発は被弾する。
「この男を捨てれば、まだ回避出来るかも知れない。迷っている暇はないぞ」
迷いをあざ笑うように、骨と氷の蜘蛛が甘言を囁く。
その言い草が、妙に
俗っぽい言い方をすれば、ピキる、というやつだ。
「……社長、失礼しますよ」
「
慌てるヴァレリィをよそに、
眼下には郊外の街並みと、御岳の森が広がっていた。
低い山の峰から、ザっと九発の携行ミサイルの噴煙が迫っている。
最近の燃料と炸薬は良くできている。携行ミサイルの運動エネルギーでも、直撃すればエア・ビークルの装甲を貫通するだろう。
そんなことを考えていると、ニュートウキョウ
極彩色のデジタルネオンと立体映像に彩られたバビロン。
宇宙から見た時は、星の瞬く理想郷に見えた。
――まったく、まだ昼にもなっていないのに、ミサイルに尻を追い立てられている。
難儀なことだが仕事は仕事だ。
「ヴァレリィさん、アンタは軍人かもしれないが、こっちゃ会社員なんだ」
「だからなんだ!」
「社員を大事にしない会社ってのは、老い先短いんだよ。知らないのか?」
そう言って
「かまわんよ。やれるのだろう?
「……手当は弾んでくださいよ。こちとらサラリーマンなんで」
ミサイル誘導ビーコンの警告音は、すでにエイト・ビートを刻んでいた。
戦地を潜り抜けてきたヴァレリィでも肝が冷えるのだろう。いや、むしろ銃弾を潜ってきたからこそかもしれない。
現実とネット、二つの
――
そんなことを一人想いながら、随分とスローに流れる時間の中で、
カタカタという、古めかしいコンソールを叩く音がする。
最初はただの
だが“それ”は
骨は、熱をもって周辺のセンサ・ネットから粒子と情報を喰い漁り、急激に成長を始めた。
次々と新しい骨が生まれ、チキチキと組み合わさっていく。
「センサ・ネットが、具現化している……?」
呻くようにヴァレリィが言う。
それはセンサ・ネットが映し出す
脊椎から、肋骨が組み上がり、胸骨がひと際赤熱している。その上に山羊の
骸骨に肉を付けるように、氷の――
「それも【
「あれは、この“デーモン”の出力を利用できるように作ったAIアプリです。あの力の出元は、コイツですよ」
「コイツ……?」
『アアアアアアアアアアアッ!』
声と同時にその腕や背から、無数の木の枝のような細い骨格が、爆発的に伸びる。
「名は【
黄金の枝は枝分かれし、所々に氷の花を咲かせながら、ミサイル群へと迫った。
ミサイルに施された
しかし、黄金の枝はその防壁を容易く貫く。
刺し貫いた瞬間【
エア・ビークルから伸びた黄金の枝。その先の九つのミサイルに、氷の花が九つ咲き、日を浴びて輝いている。
ニュートウキョウの郊外上空に、時が静止したような、氷の花が満開に咲く光景が広がった。
瞬きの後、空中に凍結固定された弾頭部に後部の推力がすべて集中し、圧壊。
九つの氷の花が、爆ぜ散る炎へと姿を変えた。
「一瞬で、九つの
「そのようね……デーモンAI、出力は報告以上か。なかなか、いいデモンストレーションだったわ、
驚くヴァレリィをよそに、
「その
「あらそう? では、
「それでお願いします……あ、そういえば――」
ミサイル九発を瞬時に制圧してみせた直後にしては、いささか間の抜けた声を出して、
その視線の先には
「【
視線を受けて、蜘蛛が囁いた。
「この蜘蛛、先に“割って”おけばよかったな」
「デーモンの存在を隠して置きたかったのなら意味がない。なぜワタシが
「分かってるよ。アンタのそれもデーモンAIだろ?」
「ああ。オマエのその、随分と歪な形をしたデーモンよりはスマートだろう?」
「やかましい」
四本の鋭い枝が蜘蛛を襲う。
一撃目で蜘蛛は表皮の氷を撒き散らしながら跳ね飛び、浮き上がったそれを左右から捕まえるように、串刺し。
四本目がその正中に撃ち込まれると、バキンッ――と、金属がへし折れるような重く鋭い音がして、骨と氷の蜘蛛はセンサ・ネットのノイズへと還った。
「倒したのか?」
「本体を狙って【
「ということは、敵はまだ森の中に最低でも九人か」
「あの蜘蛛、出会い頭には洗脳出来ないと考えても、この機のパイロットや
「厄介な相手だな……」
「まあ、この
――後はオレが。
「今度はなんだ!?」
「コックピットをやられました」
コックピットのオート・クルーズAIから制御を奪おうとしたが、今の攻撃でエア・ビークルのメイン・フレームが半壊していて、即座に墜落するのを防ぐので精いっぱいだ。
「今の光は?」
「おそらく
「どうなる?」
「そりゃまあ、お約束ですけど……墜ちますね」
揚力と推進力を失い始めたのか、エア・ビークルがグラリと傾いた。
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