オムライス

こうして飯田さんに着いてきてもらった、"明日のオーディション"というのが、今回出演することになったドラマの2次オーディションだった。

しかし、結果は不合格だったという。


「え、でも、ドラマ出るんですよね?どういう…?」


「別の役のオーディションを受けてみないかって、お誘いしてもらったんです」


どうやらカフェ店員の役をお願いしたい人が見つからず、再度オーディションをすることになったらしい。


「"今回の結果は不合格でしたが、雨里さんの雰囲気はこの役に絶対合うと思います。オーディションですから、もちろん保証は出来ませんが…"って」


その後、雨里さんは迷うことなくオーディションに参加し、ドラマ出演を掴み取ったのだ。




「でも、本当に良かったです。雨里さんが元気になって」


「え~、私、元気なかったですか?」


アイスコーヒーの氷をクルクルとストローで回しながら、雨里さんはそう言った。


「元気はありましたよ。でも、元気じゃなかったです」


「なんだそれ」と笑いながら、またストローで氷をクルクルとかき混ぜて、コーヒーを飲んだ。少しだけ嬉しそうな雨里さんは、きっと、僕が言いたいことにも気付いてるんだろうな。


「ドラマ、録画しますね」


「えぇ~。それはちょっと恥ずかしいかも」


「なんなら、ここのテレビで常に流そうかな」


「うわ、意地悪だ!」


ちょっとした冗談も言えるくらい、仲良くなれたと思って良いのだろうか。少しは自惚れてみても、良いのだろうか。


それから、カフェ店員を演じる雨里さんに、喫茶店の店長である僕が豆知識を教える、なんて展開になって。

つい夢中になって話しているうちに、すっかり夕食時になり、「今日はここで食べます!」という雨里さんの前にオムライスを置く。


「いただきます」と小さく手を合わせてから食べ始めた雨里さんを、あぁ、好きだなって思った。


「…美味しい!最高です!」


目を輝かせながら口をもぐもぐと動かし、またすぐにスプーンで掬う。

本心で「美味しい」と思ってくれていることが伝わってきて、どうしようもなく嬉しい。


「私、詳しくないのでよくわからないんですけど、ほっとするんですよね。ここのオムライス」


何気なく言ったであろう雨里さんの一言は、これ以上ない褒め言葉だった。

昔ながらのチキンライスを薄焼きの卵で包み、その上には自家製のケチャップ。

なんともシンプルだが、これこそがこだわりだ。黄色い卵と、赤いケチャップのコントラスト。誰の思い出にも寄り添う、懐かしい、あの味。


「このオムライスで1番大切にしていることは、 "ほっとする味" です。伝わっていたみたいで、嬉しいです」


「え!じゃあ、私、大正解ですね!」


鼻歌を歌いながら美味しそうに食べてくれる雨里さん。

頬に熱が集まるのを感じた。…やっぱり、好きだ。




「ごちそうさまでした!」


その声を聞いて、僕はレジへと向かう。

あの直後、お客さんがポツポツと来てくれたおかげで、雨里さんに恥ずかしい顔を見せ続けることは免れた。

いつものようにお会計をして、お見送りをする。

…だけど、いつものようにはいかなかった。


「今日はありがとうございました!嬉しかったです!………ずっと、晃成さんの見ている景色、知りたかったから」


とんでもない爆弾を落としておいて、何事もなかったかのように「じゃあ、また」と、雨里さんは帰って行った。


「勘弁して…」


頭を抱えて思わずそう呟いた僕の頬は、きっと自慢のケチャップに負けないくらい、赤く染まっていただろう。

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