第2話 再会


 「はああ、」


 「・・・・・・・」


 「はあ、」


 「・・・・・・」


 「如何なさいましたか?」


 「ため息ぐらいつかせてくださいよ。今、何時だと思ってるんですか」


 スモークガラスが完全に隠した車内で、眞九郎はゲンナリとした表情を浮かべ、運転手に愚痴をこぼしていた。


 「午前6時13分28秒でございます」


 見事にハンドルを切りながら、いつもの執事服を着こなした三宅が器用に答えた。


 「入学式始まるまで2時間以上あるじゃないですか!」


 そんな渋い声にかぶせるように、眞九郎が叫ぶ。


 そう、あの理不尽なお茶会から既に1週間が経ち、眞九郎は入学式当日を迎えていた。


 「奥様の指示でございます」


 「うっ」


 「眞九郎様が朝に弱いのはよく存じておりますが、これは今回の仕事に必要なことです。堪えてください」


 「それはいいんですよ。けど、こんな朝早く行く理由を僕は教えてもらってないじゃないですか」


 (行きたくない学校のためにギリギリまで寝てようと思ってたのに、理由もなしに朝5時に起こされて不機嫌にならないでか!)


 「・・・・・それは、」


 「それは?」


 「できれば、言わないでおけと奥様が仰っていたものですから」


 このセリフを聞いた時点で、眞九郎はこの件に対する質問を諦めていた。それというのも、この執事は異様なほどの忠誠を悠子に誓っているのだ。


 悠子が命令しようが「できれば」と言おうが、関係ないのだ。


 彼は全身全霊で持って悠子の言葉を達成しようとする。


 (つまるところ、聞こうとしても無駄ってこと)


 「わかりましたよ。話さなくていいです」


 「ありがとうございます」


 執事は申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


 「気にしないでください。元々僕のワガママみたいなものですし」



ーーーーーーーーー



 「到着です」


 結局、眞九郎が東京校に着いたのは7時頃であった。


 「これから僕はどうすれば?」


 「まっすぐ校門まで歩いてください。そこに今回の補佐役の方がいるはずです」


 「了解です。運転、ありがとうございました」


 眞九郎は車を降り、まったく人気のない道を歩いていった。


 (補佐役って誰だ? 悠子さんが手配してくれたとすると、気兼ねなく話せる人だとは思うけど)


 一瞬、自分の異能を使おうかとも思ったが、そこまでする必要も無いと活性化させかけた気を収めた。


 ブラブラと歩きながら分家のそれなりに付き合いのある知り合いの顔を思い浮かべていると、いきなり目の前が真っ暗になった。


 「だ~れだ?」


 耳をくすぐる甘い吐息とともに、眞九郎にとって懐かしい声が聞こえてきた。


 透き通っているくせに、どこか気の強さを滲ませた声だ。


 「・・・・久しぶり。颯希」


 「あっさり当ててくれるわね」


 眞九郎が振り返ると、腰に手を当てた同年代の女子が立っていた。


 ウェーブのかかった黒い髪は肩にかかる程度にまで伸ばされており、白い肌によく映える黒瞳は、蠱惑的に揺れていた。


 気が強そうな印象を受ける容姿なので敬遠されがちだが、相当な美少女である。


 「お前の声を忘れるわけないだろ」


 「うんうん! 忘れてたら殴ってたわ」


 「マジでやめろ」


 藤代颯希。眞九郎の幼なじみで、一つ年上。藤堂家の分家としてならば遠い親戚でもある。


 眞九郎とは親戚の中でも唯一、ふざけた口調で話せる仲だ。


 「なんでお前がここに? 東京校に通ってるのは知ってたけど、まさか今回の補佐役って・・・・・」


 「ご明察! 藤代家次期当主のあたしが補佐してあげるわ。よろしくね、九郎」


 (ああそっか。九郎って呼んでくれるのも颯希だけだったな)


 自然と緩む頬をそのままにして、眞九郎は右手を差し出していた。颯希は満足気な表情を浮かべながら勢いよくそれを握り返す。


 「最高の補佐役だよ。よろしくな」


 「ふふふっ、感謝しなさい。それにしても本当に久しぶりね。何年ぶりだったっけ」


 「5、6年ぐらいじゃないか?」


 「そんなに経ってたか~。どうりであの泣き虫がこんな男前になってるわけね」


 颯希は眞九郎の全身を眺めながら、楽しげな笑みを浮かべた。


 「・・・褒めてるんだよな?」


 「もちろん」


 「そりゃどうも。・・・颯希も美人になったな」


 眞九郎のふざけていた口調がガラリと変わり、金色の瞳が少しだけ細くなって柔和な表情が顔をのぞかせた。


 普段の、どこか他人を拒絶しているにも感じられる獣のような雰囲気は薄くなっていた。


 「いっ、いきなり変なこと言わないでよ!」


 あまりの変わりように、思わず颯希は顔を赤らめてしまった。


 「それとその表情は禁止!」


 「ちょっ、わかったから拳を振りかぶるのやめてぇ!?」


 「・・・・・ホントにわかってる?」


 「怒ってる理由はさっぱり」


 打てば響くような即答に、颯希は呆れたように肩を落とした。


 「はあ~~~~」


 「な、なんだよ」


 「あんた、そういうところは変わらないのね」

 

 「なんか貶された気がする」


 「気のせいよ。それより、行きましょ」


 「どこに?」


 「生徒会室」


 「なんで? それに不法侵入はまずいと思うぞ」


 「不法侵入にはならないわ。私、生徒会役員だもの」


 「ええ!?」


 眞九郎は、目を見開きながら大袈裟に肩を震わせた。


 「そ、そんなに驚かなくても・・・・」


 「ちょー意外」


 「別にあたしはどうしてもやりたかったわけじゃないんだけど。人が足りないからって立候補したらなっちゃったのよ」


 (それでいいのか、生徒会)


 眞九郎が少しだけ東京校に不信感を感じていると、ふいに颯希が眞九郎の手を握った。


 「ま、そんなことはどうでもいいでしょ。ほら、とっとと行くわよ!」


 「あ、おい!」


 髪を揺らしながら走り出した颯希に手を引かれ、眞九郎は人気のない校舎へと入っていった。




※次回更新予定 5月15日 土曜日 22:00

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