僕の異能は時間を暴く
春風落花
第1話 プロローグ
西暦2195年。科学が著しく発達したこの時代では、異能という名の特殊能力が体系化され、各国の軍事力と密接な関係を築いていた。
制約が多い核兵器に代わって、異能者が兵力となった時代。
そんな物騒な時代だが、それでも4月ともなれば世間は入学式や入社式を目前に控え、どこか浮かれているようだった。
それは人里離れた山荘とて、例外ではない。
「もうすぐ入学式ですわね」
「そうですね。お子さんたちはもう高校生ですか」
人間はおろか、動物さえも寄りつかないような山荘の一室で男女が穏やかに春らしい会話をしていた。
外見は小綺麗な別荘そのものだが、その道のプロが見れば過剰とも言えるほどの警備装置が配置されているのがわかるだろう。
そんな山荘の内装は見事に整えられており、実際2人の前にはアンティークのテーブルが置かれ、湯気が漂うティーカップが添えられていた。
「あなたも私の子供たちと同い年でしょう?」
コロコロと笑いながら、女性が呆れたように言った。腰にまで届く長い黒髪は艶やかで、露出が多い赤を基調としたドレスを着ている。
とても高校生の子供がいるようには見えない。20代だと言われても納得してしまう、息を飲むような美貌を誇っていた。
彼女の名前は
四大正家とは、鬼多見家・南雲家・藤堂家・彩西家からなっており、それぞれに分家が存在している。
分家を含め、彼らのほとんどが日本の異能社会で絶対的な権力を握っており、四大正家は公的機関から
その実、彼らの異能が強力過ぎて思うように取り締まれず、超法規的な権力を持たせてしまっているだけなのだが。
「まあ、同い年ですけど僕は高校行きませんし」
「部隊は忙しい?」
「はい。まあ、僕のところは戦闘を前提としていないだけ気は楽ですが」
答えているのは、不思議な雰囲気を纏った少年だ。何の変哲もないような黒髪で、特段イケメンだという訳では無い。が、獣のような金色の瞳がエキゾチックな容姿を際立たせている。
「さて、そろそろ本題に入りましょうか」
(なるべく手早くお願いします・・・・・)
少年は気を抜くと引き攣りそうになる表情筋に力を入れ、無理やり愛想笑いを浮かべた。
話しづらいという訳では無いが、少年の前で艶然と笑う彼女は仮にも『殲滅の魔女』とまで称されるほどのS級能力者だ。
その上、少年は藤堂家の分家に当たる
“分家の次男坊が本家の当主に呼び出される”
どんな面倒ごとを押し付けられるか、わかったものではない。
結果、少年はキリキリと胃を締め上げる緊張をこらえて話す羽目になっていた。
「この兄弟を知っているかしら」
そう言って悠子がリモコンを操作すると、テーブルの上にホログラムの画面が浮かび上がった。
そしてとある男女の顔写真が映し出される。
「・・・・ええ。巷では結構有名ですからね。四大正家以外から生まれたA級能力者」
異能というのは、そのほとんどが遺伝によって性能が決まってしまう。
そもそも異能力は、体内を循環している
つまるところ、強力な能力かどうかは先天的なコードによって決まるので、四大正家にとって一般家庭から生まれた強力な異能力者というのはそれだけで要注意人物なのだ。
ただでさえ危うい均衡を保っている異能社会で、5つめの正家が産まれるのは看過しがたいのだろう。
(そんなに権力保持が大事か。僕には想像もつかない世界だな)
「知っているのなら話は早いわ」
「はあ」
「彼らは今年、東京都立異能者訓練高校に入学するの」
(いきなりなんだ?)
悠子の言いたいことがまったくわからず、少年は気を紛らわすためにカップの紅茶を口に含んだ。
アールグレイの特徴的な香りが鼻腔をつきぬけていく。
「彼らはたぶん、四大正家がらみで何かしらのトラブルに巻き込まれるでしょう」
「・・・・ご心配なさっているので?」
「まさか。子供たちも東京校ではなく神奈川校に入学させるし、別に彼らがどうなろうと私の知ったことではないわ」
(ですよねー。優しそうに見えても、身内以外には厳しい人だから)
「面倒なことに、鬼多見家あたりがちょっかいを出すらしいわ」
「そういった情報が?」
「ええ。最近になってようやくつかんだ情報らしいのだけれど、国防軍から直々に。その上で、どうにか穏便に済ませてくれって依頼が来たのよ」
「確かに過激派の鬼多見家は暴走しがちですが、同じ四大正家に依頼するほどですか?」
「鬼多見家だけなら放っておいても問題ないわ。でも、この兄妹は反異能者団体たちの標的にもされているの。そうやって暴力事件なんて起こされると、異能者への風当たりが強くなってしまう」
「なるほど。藤堂家には直接被害はなくとも、異能者に対する世論が悪化する可能性があると」
ただでさえ、異能者は一般人から化け物のように見なされている。そんな状況で、過度な暴力事件など公になってしまえば、世間の混乱と反発は計り知れない。
「その通りよ。そうなると、困るわ」
「そうですね。困ります」
「というわけで、あなた東京校に入学なさい」
「・・・・・・はい?」
「彼らが巻き込まれるであろうトラブルが発生したら、なるべく世間から隠蔽して処理しなさい」
(なぜそうなる!?)
「ちょ、ちょっと待ってください。今、部隊で忙しいって話しましたよね?」
「部隊の方には許可をもらっていてよ」
「え」
「国としても、兵力たる異能者の印象が悪くなるようなことが起きるのはまずいと考えたのでしょう。そもそも依頼が国防軍からですし」
「・・・・拒否権は、」
「何か言ったかしら。よく聞こえなかったわ」
穏やかな笑みを浮かべたまま、悠子の身体から微かに
「いえ!、ナンデモアリマセン」
とうとう少年の頬が引き攣り、声が若干上ずった。
「ふふふっ、ありがとう。頑張ってね」
「・・・・まあ、引き受けたからにはしっかりやります。それで、いわゆる火消し役をすれば良いので?」
「ええ、そうよ」
「かしこまりました」
軽く頭を下げると、どこからか執事服を見事に着こなした老人が現れ、タブレット端末をテーブル上に置いた。
「じゃあ、細かい打ち合わせは三宅さんに任せるわ」
「お任せください、奥様」
満足そうに微笑む当主と、忠実を絵にかいたような老執事。
この2人が相手では、どうあがいてもこの仕事からは逃れられないだろう。
(勘弁してくれ、マジで・・・・・)
こうして入学式を1週間後に控えたこの日、
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