第29話 お泊り

「すっかり暗くなってしまいましたね」


「まっくら!」


「そうねぇ。早く戻らないと心配されてるわよ、シャロールさん」


 そもそも着いたときには、夕方だった。

 そこから家に招かれ、茶屋にまで寄っていたらもう夜だ。

 今頃家に残してきた男たちはなにをしているやら。


「ただいま」


「遅くなってごめんね!」


 シャロールが早足で玄関をくぐる。

 すると、奥から二人の楽しそうな声が聞こえてきた。


「シャロールは、ほんっとにかあいいんですよぉ」


「あたりまえだろぉ。ワシの子じゃからなぁ」


 楽しそうではあるが、なにやら様子がおかしい。

 思い当たる伏があるのか、花子さんは部屋に入り、一喝する。


「もう、あなた! また勝手に飲んだのね!」


「おー、花子! ワシのかわいい嫁が帰って来たぞぉ」


「佐藤、顔真っ赤じゃん!」


「えへへー、シャロールだー」


 ニャンタロウと佐藤は、明らかに酔っぱらっていた。

 顔は赤いし、目がとろんとしている。

 体もふらふらと左右に揺れていた。


「佐藤さんにも飲ませたのね!?」


「もらっちゃいましたー」


 テーブルの上には、一升瓶が乗っていた。

 減り具合からして、飲んだのはコップ1杯だけではないだろう。


「シャロールさん、ごめんなさいね……。うちの主人はお酒好きで、お客さんにも勧めちゃうから……」


「い、いえ。もう過ぎたことなので仕方ないです。それより、花子さん」


 さりげなく飲酒の件は流してしまう。

 他に頼み事があるのかな?


「なにかしら?」


「佐藤はお酒に弱いから、もう寝かせてあげようかと思って……」


「ああ、そうね。疲れてるから、早く寝た方がいいわ」


 なるほどね。

 シャロールの気遣いには恐れ入る。


「お風呂を沸かしてくるから、先にお布団を敷いてもらえます? そこの突き当りの部屋が寝室なんです。押し入れにお客さん用の布団が入っていますので」


「はーい、わかりました!」


 世話の焼ける旦那たちを残して、二人はそれぞれ準備のために廊下を小走りに進んでいく。


「俺は……?」


 ブレサル、取り残されちゃったね。


「あ、ブレサルー? こっちに来て、お布団手伝ってー」


「わかったー!」


――――――――――


「ふ~、すっきり。ブレサル、お風呂入ってきなさい」


「はーい!」


 一通りのことが終えると、シャロールはひとまずお風呂に入った。

 ちなみに、ブレサルとは別々だ。

 もう10歳なので一人で入れるでしょとこの前言われた。


「さて、それじゃあ私は……」


 お風呂から上がり、パジャマに身を包んだシャロール。

 後は寝るだけ……とはいかない。

 なぜかって?

 敷かれた布団を見ればわかる。

 そこには、勇者様が気持ちよさそうに爆睡している。


「もうっ、佐藤ったら」


 風呂にも入らずに寝てしまった。

 疲れていたのも相まって、なんとか寝室まで歩いてきて倒れてしまったのだ。


「拭くよ、いい?」


「しゃろぉるぅ……えへへ……」


 シャロールは借りてきた桶にお湯を入れ、タオルで佐藤の体を拭いてあげる。

 ここまで酔った姿を見ることはなかなかない。

 いくら夫婦とはいえ、体を拭くのはドキドキだ。


「も~、私の苦労も知らないで」


 幸せそうに眠っている佐藤を見ながら、呟く。

 口では怒りながらも、全身を丁寧に拭き上げる手付きはとても優しく思いやりに溢れている。


「よし、おわり」


 ブレサルが来る前になんとか拭き終わったシャロールは、佐藤にパジャマを着せて、布団を被せた。


「ありがとう……」


 タイミングよく寝言を言う佐藤。

 シャロールは驚きもせずに。


「どういたしまして」


 と微笑んで、愛しの彼の頭をなでた。


「お母さんー! お風呂上がった!」


「あら、今日も一人で入れたわね! 偉いわ、ブレサル!」


 しっかりパジャマも着こなしている。

 うんうん、いい子だ。


「お父さんは、入らないのー?」


「お父さんはね、もう寝ちゃったみたい」


「じゃあー、おやつ抜きだ!」


「ふふ、そうね」


 おやつ抜きとは。

 シャロールがブレサルにお風呂に入ってもらうために交わした約束だ。

 お風呂に入れたら、次の日おやつをもらえるんだよね。


「さぁ、夜ふかしはよくないわ。一緒にお布団に入りましょう?」


「うん! 今日はどんなお話?」


 「今日は……そうね……。火山の街の燃える鳥さんのお話よ」


 シャロールのお話を聞き、ブレサルは穏やかな眠りに落ちていく。

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作者と行く異世界冒険録〜あの、頼むから黙ってて〜 砂漠の使徒 @461kuma

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