第2話 「邂逅と疑問」

 前回のあらすじ。

 どっかの森にワープしたと思ったら、野生のJKに出会った。


「えっと……?」


 少女はもう一度声を発した。

 夢かと思ったが夢じゃないらしい。

 

 俺の目の前で女子高生が首をかしげている。

 不躾ぶしつけにも、少女の全身を眺め回してしまう。傍から見れば、女子高生を物色している男子大学生の図である。


「裸足……?」


 視線を下に向けた際、目に入ってしまった。少女は裸足だった。

 暗くて詳しくは分からないが、少女の足は土で汚れていた。真っ黒というほど酷くは無いが、素足でしばらく歩いていたことが分かる。


「えと、なんか気付いたらこにいて……。その、持っているのもスマホぐらいで、靴とかも履いてなくて……」


 俺の疑問に対して、少女はゆっくりとそう説明した。彼女自身、何が起きたのかを把握していないのだろう。


 何から尋ねるべきかと逡巡しゅんじゅんしていると、どこからともなくキュルル……、と音が鳴った。

 少女を見ると、身を小さくして俯いている。


 ……なるほど、お腹が空いたのか。そういえば、俺もカップ麺を食べる前だった。三分は余裕で過ぎてるので、麺はもう伸びきっているだろう。ぐすん。


「とりあえず、ここ座って。お腹空いたでしょ」


 自分が腰かけていたところに少女を座らせて、俺は地面にどっかりと腰をかけた。

 少女はというと、「すみません……」と消え入るような声で謝っていた。居心地が悪いのか、かなり浅めに座っている。


「カップ麺食べる? 味は醤油しか無いんだけど。あ、伸びきったので良ければカレーもある」


「いただいても良いんですか……?」


「うん。醤油でいいかな?」


「はい。ありがとうございます」


 ケトルに水を足して、再度バーナーに火をつける。その間やることも無いので、先食べるねとだけ声をかけて、俺は伸びきってしまったカップラーメンに手をつけた。

 麺をすすっていると、それまで黙り込んでいた少女が口を開いた。


「私、シマムラサキって言います。高二です。食べ物、ありがとうございます。何も持っていなかったので本当に助かりました」


 シマムラさんはそう言うと、スマホのメモ帳に自分の名前を書いて見せてくれる。

『嶋村咲希』か。名前を聞いただけだと、漢字が分からないので正直ありがたい。


「わざわざありがとう。さっきも言ったけど、俺は矢島堅也。大学三年。ほい、一応免許証」


 財布から免許証を取り出して、嶋村さんに渡す。免許証まで見せれば、とりあえず怪しい人とは思われないだろう。嶋村さんはそれを受け取って、しばらく眺めるとやがて返してくれる。


「矢島さんはどうしてここに来たか分かりますか?」


「インターネット上のあるサイトにかかれた方法を試してみたら、いつの間にか来ていた。嶋村さんは?」


「私も同じです……」


 おそらく俺が見たのと同じサイトだろう。どうしてそのサイトに辿り着いたのかも聞いてみたいが、何か深い理由があるのかもしれない。

 それにこの子、どことなく表情が暗い。少なくとも、今まで出会った明るい女の子とは雰囲気が違う。こういう状況だから当たり前か。


 リュックからウエットティッシュを取りだして、手と泥だけの足を拭くように言って渡す。どうにも会話のペースが掴めず、また無言になってしまった。


 気まずい……。


 そうして沈黙が一分か二分か続いた頃、カップ麺に沸騰したお湯を注いでいると、嶋村さんはポツリポツリと言葉を紡ぐように話し出した。誰でも良いから聞いてほしい、そんな風にも見えた。


――「私、幼なじみの友だちがいるんです」


――「その子、男の子なんですけど、昔から仲が良くてよく遊んでました」


――「高校も一緒だったんですけど、途中から浩樹ひろきくん……、あ、名前です。その子、浩樹くんって言うんですけど」

 

――「浩樹くん、高一の冬ぐらいから学校にあんまり来なくなって……」


――「いじめられているとか、そんな感じではなさそうだったんです。浩樹くんって明るい性格で好かれてたので、私もどうしてだろうって思ってたんですけど」


――「でも、その時からしきりに『現実はクソだ』とか、『異世界に行きたい』とか言っていて……」


 そこまで話したところで、ピピピと間抜けな電子音が響く。カップラーメンが出来上がったようだ。

 嶋村さんは話すのを止め、麺を箸で持ち上げて口に入れる。


 さて、嶋村さんの話を聞いた身勝手かつ場違いな感想だが、これだけは言わせてもらおう。

 

 幼なじみの浩樹君がめちゃくちゃ羨ましい。話の流れからして、嶋村さんが浩樹君を追いかけてここまで来たのだろう。多分だけど。


 正直、嶋村さんはかなり可愛い。ぱっちりとした二重に大きな目、整った鼻筋にサラサラとした黒髪のショートボブ。

 俺が嶋村さんの幼なじみだったら間違いなく告白して玉砕している。流石に四つも年下の女の子にそんな感情は抱かないが。


 待つこと数分、汁まで完食した嶋村さんに空いていないペットボトル水を渡す。

 持って来たのは一リットルペットが三本。今日だけで少なくとも一リットル半は使っている。足りるかなぁ……。

 そういえば、水で思い出してしまった。


「あ、嶋村さん、俺の靴履きな。裸足だとトイレに行くのも大変でしょ。ごめん、流石に携帯トイレは持ってないんだわ……」


「いや、気にしないで下さい! 靴も大丈夫です」


「俺が気にするから履いて。足のサイズが違うからブカブカだろうけど。あ、おっさんの靴を履くのは嫌?」


「おっさんだなんて……、お若いですよ!」


「じゃあ履いてくれるよね?」


 やや強引に言うと、嶋村さんは諦めたように俺の靴を受け取って履いた。

 にしても、女子高生からお若いだなんて言われると、結構複雑な気持ちにさせられる。言い出した俺が悪いんだけど。

 

 何はともあれ、これで懸念けねん事項は無くなった。安心して嶋村さんから話を聞くことが出来る。


「それで、浩樹君はどうなったの?」


「……その後も必要最低限しか学校に来ませんでした。出席がヤバい授業の日だけ来て、あとは来たり来なかったりで」


 典型的な駄目大学生のようなことをしているな、とは思ったが言わないでおいた。

 俺もつまらない授業は行かないことも有るから、人のことは言えない。


「それで、夏休みに入っても浩樹君は家にもりっぱなしでした」


「学校、嫌になったんだろうね……」


 高校に入ってからそういう経験は無いが、中学の時は学校に行くのが嫌になったことが結構あった。

 当時は生徒会長だったからか、目立ちたがり屋だとか、格好つけてるだけだとか、裏ではヤバい奴だとか、ヒソヒソ言われていたものだ。

 おかけでメンタルが鍛えられる良い経験になった。ヒソヒソ言ってたバカどもには今後会うことも無いだろう。


「はい。でも今日、いつもみたいに家に行ったら居なかったんです。朝は夏期講習があってお昼頃に行ったんですけど……。おばさんも慌てた様子でした」


「家出とか?」


「分かりません……。でもおばさんが言うには、昨日の夜までは絶対に家に居たし、何より家を出た形跡が無いって。部屋の窓は閉まりきってて、鍵を持っていた様子も無いし、朝見たら家の鍵は閉まったままらしいので……」


 密室殺人ならぬ密室脱出みたいなものか。

 鍵を持っていないと家の鍵を外から掛けることは出来ない。窓の鍵はそもそも外から触れない。念動力なんて超能力を持っていれば可能だけど、現実味は薄い。


「それであのサイトか……」


「そう、です。浩樹くんのパソコンが立ち上がったままだったので、画面見たんです。そしたらあのサイトが出てきて、床には魔法陣が印刷された紙が……」


「そんで嶋村さんもそのサイトを見て?」


「はい……。もしかしたら、って思って。軽い気持ちだったんですけど……。そしたら裸足でこんな森に居て、本当にどうしようかと思いました」


 なるほど。俺と状況が一致してる。同じ方法で同じ結果が導き出されている。言い換えれば再現性があるということだ。

 つまり、あのサイトの開設者は全てを上で、例のサイトを作った。こう考えているといくつもの疑問が浮かび上がる。

 

 いつ?――サイトが新設されたのは一日以内だった。七月三十一から八月一日のいつかだ。


 誰が?――開設者は不明。ただ、あのサイトには魔力マナと書かれていた。見慣れないルビだったし、俺の厨二心をくすぐったからはっきり覚えている。何らかの理由で魔法を経験した者か、妄想癖の異常者か。


 何をした?――言うまでも無い。あのサイトを開設した。

 

 どこで?――不明。というか、これはあまり重要じゃ無い気がする。強いて言うなら日本だろう。日本語だったし。


 何の為に?――これが一番分からない。浩樹君もここに転移しているとしたら、少なくとも俺を含めた三人がここに飛ばされている。ただの愉快犯という可能性も拭えないが、何か意図を感じる。これは俺の考えすぎか?


「――まさん、やじまさん」


 ここは本当に異世界なのだろうか? 虫も動物もいない、草すら生えていない巨木に囲まれた不気味な森。俺の知っている生態系から大きく逸脱している。そんなものを見れば、嫌でもそう思ってしまう。

 他には、こうも考えられる。サイトの開設者は異世界帰りの人間――。


「矢島さん!」


「っと、ごめんごめん。ちょっと考えてた」


 一回考えると止まらなくなってしまう。俺の悪い癖だ。

 サークルの女子に相談された時、その解決策を考え込んでたら、無視してるでしょとか言われたなぁ。俺が悪いんだけどさぁ、こう、なんかね?


「色々考えちゃいますよね……。家に帰れるかどうかとか……」


「ぅんん、ああ、まあ、そうだね。そんなとこ」


 家に帰れるかどうかはあまり心配していなかった。

 何せウッキウッキで異世界に行く準備をしていたような男だ。これは口が裂けても言えない。結果的には、嶋村さんを助けられたから良いのかもしれない。


「でも、本当に矢島さんが居てくれて助かりました! この森に来てからずっと気分悪くて……、今はちょっとだけ良くなったんですけど」


「そうなの?」


「はい、なんか変な匂いしますよね。凄く甘ったるいような匂い。それで気分悪くなって――」


「――ちょっと待って! 甘い匂い? 俺には何も匂わないんだけど」


「そうなんですか? 今もしてますけど……」


 待て待て待て。マジで俺の鼻がイカれたか? 俺がこの森に入ってからというものの、何か匂ったことは一度も無い。だからこそ不気味だと感じていたんだが……。

 いや、でもカップラーメンの匂いは確かに分かった。嗅ぎ慣れた匂いだから間違えようも無い。


「カップラーメンは? カップラーメンの匂いは分かる?」


「……? はい、分かりますけど?」


「そう、だよね」


 俺の質問に疑問符を浮かべるように、嶋村さんは小首を傾けた。

 どうやら、俺の嗅覚に大きな問題は無いらしい。となると、特定の匂い成分は人によって匂い方が違うらしいという、あの現象だろう。

 俺にとっては無臭でも、嶋村さんにとっては甘ったるい匂いなんだろう。


「あ、矢島さん。あと聞きたいこと有るんですけど」


「ん、何?」


「今って何時ですか?」


「六時二分。午後の」


 電波を受信せずとも動く、手巻きの腕時計を見て答えた。高級品だから、かなり正確なはずだ。


「あ、やっぱそれぐらいですよね。なんか私のスマホの時計おかしくて」


「何時なの?」


 俺がそう言うと、嶋村さんはスマホに表示された時刻を見せてくれる。


 表示された時刻は『十二時五十四分』。俺の腕時計とは大きくズレていた。

 


 


 


 


 



 


 


 


 




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