第八話
8:
荒い息のまま、龍之介が周囲を確認する。
倒れている人数は――七人。
正面には、体格がやたらと大きい特攻服姿の男と、馬鹿息子の二人だけ。
こっちは数も減らず増えずのたった一人。
一人対二人だが、この場は龍之介が持っていた。
膠着状態。
と――
勝彦の脇についていた特攻服姿の男が、開き直ったように手を広げて龍之介へと近づいてきた。
「もうやめようぜ。俺たちの負けだ。だから俺はあんたに就くぜ、強えぇなアンタ」
勝てないと分かった途端、あっさりと認め、あまつさえこちらの味方につくことで自分の身を守ろうとしてきた。
「コイツの馬鹿さにはあきれ返ってたんだ、俺も」
「…………」
黙ったままの龍之介。
しかし、眼は深く沈んだ色をして……いた。
龍之介の間近にまで、迫ってきた大柄な特攻服の男。
本当に敵意は無いらしい。
だがその男は顔をニヤつかせ、裏切りに対してもまるで負い目を感じてない。
強い側につくのが当然、長いものには巻かれろといった様子。
大柄な体格のせいで、奥にいる勝彦の様子は分からなかった。
「もう勝てる気しねーから――」
「邪ぁ魔だああああああっ!」
戦意を解いた大柄特攻服を、真正面から左ストレートで顔面を殴り飛ばす。
さらに続けて、フックにもなっていない振り回しただけの右拳。
もう一度逆方向の左から大振り。
右ストレート。全て顔面へ――
突き出したような蹴りが、大柄な特攻服男の股間に突き刺さる。
前のめりになったところを、龍之介は飛び膝蹴りで再度直立させた。
とどめと言わんばかりの渾身の右ストレート。
自身よりも大柄なのにもかかわらず、特攻服の男はぶっ飛んだ。
「雑魚が、邪魔なんだよ」
呟きながら、口に溜まった血泡を吐き捨て、ようやく伊佐美勝彦――馬鹿息子が見えた。
相手も相手で満身創痍。
龍之介が歩み出ると、
勝彦が後退した。
恐れを抱いた勝彦にもかかわらず……かまわずに、龍之介が歩いて勝彦の前まで。
勝彦の真正面で、龍之介がぽつりと。
「……邪魔や」
周囲に立っているのは、真正面で向き合っている龍之介と勝彦だけ――
「お前らは、邪魔や」
虚ろじみた、龍之介の声音。
勝彦が身じろぎした瞬間――
「邪魔やあああああ!」
「ひ、ひっい――」
大声を上げた龍之介が即座に、勝彦の顔面を殴り飛ばした。
「あああああああああああああああああああっ!」
完全におびえ切っている勝彦にも関わらず、龍之介が自分の拳で滅多打ちにする。
「邪魔や! 邪魔や! お前ら本当に邪魔や! 何で静かにさせてくれへん! 普通にせんのや! 本当に! 何でお前らは! そうやねん! ええ加減に! せぇ! 邪魔! 言うとる! やろがぁ!」
殴り、殴り、殴り、蹴り飛ばし、
龍之介の叫びに勝彦の悲鳴も掻き消える。
勝彦が地面に倒れ伏しても、蹴り上げ、蹴り飛ばし、踏み潰す。
もう龍之介には、勝彦の姿が見えていなかった。
龍之介が見ている相手は――
「お前ら! 本当に! ええ加減に――」
突然、龍之介の体が飛ぶ。
真横の胸の辺りに大きな衝撃が入ってきた。
自分の体を見れば、
妹が――
燕がしがみついていた。
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