31話 世界は愛で溢れている③

僕の嫌な予感が的中したのは、お昼の事だった。

僕とキヨ、大井の3人は売店で弁当を買い、それを外のテラスで食べようと、席を探していた。


そしてそこで目に入ったのは、見覚えある茶色で長い髪の女の子。

そう、上村ゆめだ。

彼女は一人でテラスに座りパンを食べていた。


「おっ、上村じゃん! よっ!」


キヨは近寄り挨拶をするも返事はない。

なぜかというと、上村はイヤホンをしている。それのせいでキヨの甲高い声も聴こえないのだろう。


「よっ! 上村!」


キヨはめげる事なく、今度は上村の肩を軽く掴んで挨拶をした。


「わっ! おっ、わっわわ」


上村は右手のパンを落としそうになるほど驚いた。

多分リアクション的には100点満点だ。


「き、キヨ君。な、なにどうしたの?」


上村はイヤホンを外しながら質問した。

キヨは上村の対面の席へと座り「ここいいっしょ?」と聞いていた。

相手が答える前に席に着くのは流石キヨである。質問の意味がまるでない。

そして上村は黙って縦に頷く。


無事に許可を貰えたので、僕と大井も椅子に腰掛ける。


「あのデモ曲二人にも聴かせたら、よかったって言ってたよ!」


「あれ、聴かせたんだ。2人とも聴いてくれてありがとう」


上村は食べかけのパンを持ちながら、軽く会釈した。


「別に聴いただけだ。お礼を言われる様な事はしてない。それよりもパンを食べなよ」


大井が指摘した様に、確かに聴いただけだから、お礼はいらない。でも、わざわざそれを言う辺り大井らしい。

多分、とてもウザいと思う。


「なぁ、やっぱりあの曲、動画サイトに投稿しようよ!」


キヨは小さく口を広げ、パンを食べようとする上村に話しかけた。


「いや、いいよ。それはしない」


上村はパンを口から遠ざけながら、あっさりと断った。


「なんで? 上村が自分で絵とか書いたらさ、動画上げれるじゃん!」


上村は少し視線を下げた。

キヨはハイテンションだが、上村は全然乗る気ではない。


「やっても人気出ないし、誰も見てくれないから」


上村の声は実に小さく、囁く様にそう言った。そして表情は曇っていた。


「やってみなければわからないじゃん!」


対照的に大きな声で、明るい表情なのがキヨだった。

僕は、コイツ少しは空気を読めよ、と思いつつ、表情一つ変えない大井とこの状況を見守っていた。


「わかるよ。だって勝てないもん。ギターもベースもドラムも安っぽい音だし。弾いてくれる人もいないし。動画の編集だって私出来ないし。全然ダメだよ」


上村は少し早口で言った。


「そんなの探せば」


キヨがそう言いかけた時、上村がその言葉を遮る様に言い放つ。


「例えその人達が見つかっても、人気は出ない。だって、この世界は愛で溢れているのだから」


愛で溢れている――それは一体なんの事なのか、僕には全くわからなかった。

だが、大井はなにか心当たりがあるのか、「ふん」と少し鼻で笑っていた。

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本当に死んだら異世界なんて転生しない。あるのは悲壮感だけ。 ななし @jacoco-1313

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