20ワ 莉奈ノ隠シ事④

家に帰ると、リビングのソファーに莉奈が座っていた。


「おかえり。珍しいね、外出なんて。どこ行ってたの?」


「あ、いや。祐希に会ってた」


少し言いづらそうに僕はそう告げると、莉奈は目つきを細め鋭い眼光になった。


「へぇ。浮気か」


「いや、ちげーよ。断じてちげーよ」


僕は莉奈から視線を外しながら答えた。

先程の話を聞いているからこそ、少し話づらい。それに少し動揺もしていた。


「怪しい。すごい怪しい」


莉奈は立ち上がって、近寄って無理矢理僕の視線に合わせようとする。

変な所で勘がするどいのは困ったものだ。


「本当になにもないって」


「本当にぃ? ならなんで顔背けるの?」


もう誤魔化せないと思ったので全部莉奈に伝えることにした。

というよりも、聞いてみたかった。これが本心だ。


「エアコンの電池をさ、探してたんだ」


「それはさっき交換したよ。変えの電池あるから。それで祐希と関係あるの?」


「いや、オレも色々探してたんだけどさ、クローゼットにある莉奈のカラーボックス、勝手に開けちゃってさ」


僕は莉奈に視線をやると、少しにこやかに笑っていた。


「それで?」


「それで、あの。見ちゃったんだよ。大量の薬と注射器」


「そっか。みちゃったか」


莉奈は別に怒るわけでもなく、意味深な顔をするわけでもなく、ただ少し笑っていた。


「あれ、なんなの? 莉奈もしかして、病気なの?」


「うん。そうだよ。病気。それも重度のね」


莉奈はキッチンの下の換気扇でタバコに火を付けた。


「大丈夫なの?」


「ううん。大丈夫じゃないよ。死んじゃうよ」


そんな重いことを莉奈はあっさりと口にした。

命に関わる事なのに、そんな大事な事なのに、とてもそうとは思えない位、軽く言った。


「でも、気にすることじゃないでしょ?」


「ど、どういうこと?」


「だって信も早死にしたいんでしょ? なら同じ事でしょ。長くて2年。それしか持たない。だから二年後に死にたいって言ったじゃん。だから気にする事でもないでしょ?」


僕は固まった。

確かに、付き合うときに2年後に死のうと言った。

でも、なにか違う様な気がした。


「確かに言ったけど、病気で死ぬとは聞いてないよ」


「同じ事でしょ。死ぬのに、病気も、自殺も、どう死のうと、同じ事。死は死。違いはないよ」


その言葉に僕はなにも言えなかった。

彼女の言ってることは、的を得ているからだ。


「ただね、病気で弱って、最後は苦しみながら死ぬのが嫌なの。そうなる前に自分で楽に死にたいの。それが私のやりたいこと」


莉奈のタバコの煙が無性に目に染みた。


「……治らないの? その病気」


「治らないよ。もう無理」


莉奈はタバコをふかし笑いながらこう続けた。


「でも、2年後に死ぬって約束したんだからいいじゃない。そんなに落ち込む必要ないじゃん。私が死ぬことは分っていたことなんだから」


確かにその通りだ。

二年後に死ぬことはわかっていた。

だから僕も不思議だった。

なぜ莉奈が病気で死ぬとわかって、こんな複雑な気持ちになっているのか。

それはわからなかった。

いや、なんとなくわかっていた。

ただ認めたくなかった。

莉奈とずっと居たい。

そんな気持ちが沸いてきていたんだ。


心の中では、莉奈が死にたくないと思えるほど楽しい想い出を作って、いつか死にたくないと思えるようになったらいいなと思っていた。

僕だって、早死になんてしたくない、そう思える日が来たらいいなと思っていた。


というか、もう来ていたのかもしれない。

だって、僕が莉奈とずっと一緒に居たいと願ったのなら、それはもう早死にしたいなんて思っていたい証拠だ。

そう、気付いたら僕はもう早死にしたいなんて、願ってなかったんだ。

ただ彼女と一緒に居たい、そう思っていたんだ。


それを思うと僕は自然と涙がこぼれ落ちていた。

莉奈はタバコの火を消して、そっと抱きしめた。


「ごめんね。ずっと居れなくて。ごめんね」


莉奈は気付いていたのかもしれない。

僕がそう思っていることを。


「嫌になっちゃった? なら離れてもいいよ? ツライでしょ。死ぬってそういう事なんだよ。死んで一番ツライのは残された方なんだから。私は知ってるよ」


僕は浅はかだった。

死んで一番ツライのは残された方。

こんな事思ってもいなかった。ただ、それがどれほどツライ事なのか僕には想像出来た。どれほどこれからの人生で深い傷になるかも想像出来た。

昔の自分では出来なかった、でも今ならそれが想像出来る。


「大丈夫。離れないから。ずっと一緒にいるよ」


「そっか」


僕が必死に声を振り絞ると莉奈は微笑んでいた。


「信も一緒に死ぬの?」


「まだわからない。でも死にたくはなるだろうね」


僕は静かにそう答えた。

そして莉奈は自分の想いを伝え始めた。


「最初はそれでもいいかなって本気で思ってたよ。でも、今は違う。ちゃんと生きて欲しいな。私と一緒に死んで欲しくない」


莉奈は抱きしめる力を少し強くし、耳元で囁いた。


「信が死んだら、祐希も悲しむ。それは私は嫌だな。祐希は私の親友だから。それになによりも、自分の大切な恋人に死んで欲しくはないの」


「それはわがままだね。僕だってそうだよ。莉奈には死んで欲しくない」


「そうね、わがままかもね。でも、私にはどうもする事は出来ない」


僕はただ立ち尽くしていた。

莉奈とずっと一緒に居たいという願いはもうどうにもならない。

本当に現実は非情だと僕は感じていた。


「なら、最後まで楽しませるよ。それが僕の出来る事だから。それしか出来ないから。莉奈が死んで、そのツラさに耐えられるかなんてわからない。考えたくもない。だからそれはその時考えるよ」


「そっか。なら楽しませてよ。最後は幸せな想い出で死なせて。そうすれば、私の人生も幸せだって言えるから」


2人で居れる時間はあと少しだけど、その少しを一生の想い出にしたいと心から思った。

そんな事が出来るかはわからない。

もし彼女が死んで、僕はそのツラさに耐えられるかはわからない。

でも、今は、少しでも楽しい想い出を作りたいと思ったのは事実だった。

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