ジュウキュウワ 莉奈の隠し事③
私がキャバクラで仕事をしたのは今から2年前。その少し前から莉奈は働いていた。
莉奈はいつも一人でいたけど、それは馴れ合いとかそういうのが嫌いだったから。
私もそういう人間が好きだったし、気が合うのか自然と仲良くなって気付いたら下の名前で呼び合う仲にもなっていた。
莉奈は滅多に人を下の名前で呼ばない、そういう人だからそれは私にとっても嬉しく思っていた。
そして少し前に、莉奈から相談を受けた事があった。
「祐希は死ぬまでなにかやりたいことない?」
休みの日に居酒屋でそんな事を聞かれた私はキョトンとしていた。たまになに考えてるかわからない時もあるけど、そんな深い話もするんだと思っていた。
「うーん。なんだろうな。具体的に見つからないから精一杯楽しむとかかな?」
「そうなんだ。祐希はないのね。私もないからなにか見つけたいな」
「やめてよ。それじゃあ、もうすぐ死ぬみたいな感じじゃん」
私が笑ってツッコんでも莉奈は笑っていなかった。その異様な状況に私は猛烈な違和感を感じた。
「莉奈。どうしたの? なんかあった?」
「ううん。別に。ただ私死にたいの。早死にするの」
「なにそれ、なんで死にたいの?」
「うーん。よくわからない。でも、やりたい事ないし、もう人生を純分満喫したし、長くてもあと2年程度で死にたいかな。だからその前になにかやりたい」
莉奈の表情は真顔だった。
私は困惑した。
これが冗談なのか、本気なのか全く検討がつかなかったからだ。ただ同じ事を言っているある人物が脳裏に浮かんだ。
沼倉君、彼も全く同じ事を言っていたことを私は思い出す。
「そういえば、私の友達に同じ事を言ってる奴いるんだよね。早死したいっていつも言ってる」
「へぇー。面白いね。なんで死にたいんだろ?」
「その友達が言うには、ロックだからだって。アイツ基本バカだから」
「なにそれ、でも面白い人だね。そういう人私好きだよ」
莉奈は焼酎を飲みながら少し微笑んでいた。
「紹介しようか? 割と面白い奴だよ。ちなみに二個下ね」
「年下なんだ。でも、いいかもね。私彼氏欲しいし」
その言葉に私は驚いた。
莉奈は美人でモテる要素を兼ね揃えているが、男には微塵も興味がない、そんな人だったからだ。現に今まで男の話なんて会話で出たこともなかった。
「珍しいじゃん。莉奈が男に興味持つなんて。今まで全く興味なかったじゃん」
「死ぬ時は彼氏に看取られながら死にたいじゃん」
「彼なら喜んで一緒に死んでくれるよ。早死に願望あるんだし」
「それは最高かもね。相性抜群」
「そんな感じで笑いながら話をしたの。それで沼倉君を紹介したわけ」
祐希はアイスコーヒーを一口のみ、コースターの上にコップを置いた。
「そうなんだ。そんな流れだったのか」
「うん。でも、なんだろう。少し違和感あるんだよね。沼倉君と違う違和感がある」
「違和感?」
祐希は真剣な表情で、僕の顔をしっかりと見据えて、こう語る。
「沼倉君の早死願望ってロックスターに憧れているからでしょ? でも莉奈は違うじゃん。ただ人生がつまらないから死にたい。私もその気持ちはわからない訳ではないよ。でも、違和感しかないの」
祐希は窓の外に視線を変え、僕は無言で聞いていた。
「だって最近楽しそうだもん。沼倉君と会って。いつも楽しそうに話もするし、沼倉君の話をするときは女の子の顔してるんだよ。だから違和感しかないの」
鈍感な僕は少し意味がわからなかった。
それにどここが違和感があるのだろうか?
「それは嬉しいけど、違和感は感じるの?」
祐希は真顔で、いや、そんな事もわからないの? と言いたげな顔で僕を見た。
「私だったら、女の子だったら、そんな人を見つけたらずっと一緒に居たい、結婚したい、子供欲しい、そんな風に思うのが普通だと思うけど。早死になんてする必要ないじゃん」
その言葉に僕は無言で考えた。
言われてみれば、祐希の言うことは正論で、その考え方が普通だ。
莉奈は早死に憧れがない。
ただ人生つまらないから死にたい。
でも、今は楽しそうにしている。
だったら、彼女は死ぬ理由なんてないも同然。
なのに、なぜ死にたいのか。
そんな事を考えた。
いくら考えたって、答えはわからない。
でも、あくまで推測をすると、ある一個の推測しか僕には立てれなかった。
「莉奈って、本当に死にたい訳じゃないのかな」
僕はそう静かに呟いた。
「私の目からは、そうしか見えないけどね。今の莉奈は幸せそうなんだもん」
祐希の少し悲しげな顔を見て、僕は少し目を瞑った。
僕も最近莉奈ともっと一緒に居たいと思っていた。
デートに行ったとき結婚式を見て、莉奈のウエディングドレス姿も見たいなって思った。
でも、それは出来ないのかもしれない。
大量の薬、注射器。
物的証拠も出ている。
僕が今考えているのは、ただの現実逃避だった。
莉奈はきっと早死したいのではない。
莉奈はきっと長生きできないのだ。
祐希もそんな事を考えているのか、それはわからないが、沈黙の空気だけがそこにはあった。
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