第28話 伝説の剣豪の血を継ぐもの

「俺は……」


 レンドールが言葉を詰まらせた。

 彼の一家、ボーフォード家はあまり知られていない事柄だが、実はあの伝説の剣豪、ハロルドと近い”縁”がある。いや、近いなんて言葉では済まない、”血縁”である。

 伝説の剣豪、ハロルド・ベルセリオス。あの知恵ある黒龍を倒した剣豪というおとぎ話は、黒龍伝説として世界に知られた。

 誰もが知る英雄譚だが、実はハロルドの最期はかなり悲しい物語でもある。それはおとぎ話として伝わることはない。なぜならそれはごくごく身内のみに伝わる秘匿された話である。

 伝説の剣豪には不思議なことに外見についてのおとぎ話は出てこない。ただ、”黒龍を倒した”という物語が肥大化して、外見の話には皆興味がないのだ。

 それに黒龍を倒したという話はもう既に500年は経っている古いおとぎ話なのだ。

 黒龍を倒した後のハロルドは、天空都市の建設に深く関わっている。それはアストリアや他の国、トルーユ独立国やキールカーディナルでも同じだ。

 では、レンドール・ボーフォードは、伝説の剣豪を血を継ぐ者として、魔法を自在に操るのは何故か?

 伝説の剣豪ハロルドは数少ない”魔法騎士マジックナイト”と呼ばれる剣豪だった。魔法騎士マジックナイトのルーツはハロルドにある。500年の歳月は純粋な魔法使いの一族としてその血を継承してきたのだ。

 レンドール・ボーフォード自身は、それを知られたくはなかった。もし伝説の剣豪の血を継ぐ者と名乗ったら、誰しもが自分を”伝説の剣豪の再来”と言い自分を正当に評価はしないだろう。

 そして自分自身の母親は、口が裂けても言えないが”魔女の血を継ぐ者”として忌み嫌われていた。父親は男子でありながら純粋な魔法使いとして生まれた自分を立派な剣士にしようと躍起になったものだ。

 だが不思議なことに彼は剣技を初めてまともに扱えたのは23歳頃になってからだ。それまでは魔法使いとしての修練を積んだので、剣士としての才能が開花するのは時間がかかった。

 剣技を教えこまれたのはそれこそ年齢が一ケタの頃からだが、そう、あまりにも魔法使いとしての才能に恵まれた彼は、自分には剣士としての才能はないと思いこんでいた。

 だが、ある日。彼は魔法を封じ込められて生命いのちの危機に立たされた。そこには守るべき人もいた。彼は足元に落ちていた刀を拾い無我夢中で刀を振った。

 気がついた時には、周りは血の海が広がっていた。彼は自分が血にまみれて自覚した。

 この世界では、魔法の力だけでは生きてゆくことはできないのだ、と。その事件を境に彼は剣の修練に励むようになり、それに伴い自分にあった武器を見つけないとならないという理由で、武具開発の道へ行かせた。

 そしてキールカーディナルの”ウェポンマスターズ”でついこの間まで技術屋として生きてきたのだ。


「君には感謝しているよ。アネット。あの事件がなければ俺は生命いのちを確実に落としていた。その”きっかけ”を作った君には感謝している。俺はそれだけで十分だよ……」

「質問の答えにはなっていないわ。ただ、遠い噂で聞いただけなの。伝説の剣豪の血を継ぐ者がいるって」

「あの事件を忘れたわけではないだろう?あれが全てを語っている。俺は……俺も……。過去は繰り返す……。人間の業も繰り返す……」


 レンドール・ボーフォードは遠い目で、このアストリアの全景を眺める。

 夜景に広がる、街の灯りを眺めながら、言葉を絞り出した。


「アストリアも、キールカーディナルも、この天空都市のすべても、文明は発展したのに人間の心に巣くう”闘争”の心はけして失われることはないんだ。それを発散するためにあの闘技場コロシアムがある」

「魔法も進化を遂げた。技術も、暮らしも、進化を遂げた。でも、人間は一向に進化しない。地上が無くなり天空は”楽園”になった。でも、黒龍戦争から人間は進化を遂げていないんだ」

「……そんな人間に嫌気がさした?」

「それなら俺は俺を嫌いにならないといけない。そんなことはしたくない。君を嫌いになるのもしたくない。今に嫌でもわかるさ。俺の正体も、君の正体も」


 不意に風が吹いた。彼の銀髪が風に揺れて、夜風に舞う。深い青い瞳には少し潤いを帯びている。


「その時が来るまで……傍にいさせてくれよ、これが俺の今の答えでいいか?」

「そうね……それでいいよね」


 アネットも暗い表情になり、言葉を詰まらせた。彼らの間に少し重い沈黙が流れる。

 レンドールもあの過去は出来るなら思いだしたくはない。

 そんな重い空気をかき消すような、表通りに賑やかに響くパレードが聞こえた。

 賑やかなサーカスのパレードが彼らの瞳に映った。二人はお互いに顔を見合わせて重い空気を打ち消す為に声を掛け合った。


「今夜くらいは俺達も子供に帰るか?」

「そうね!パレード、観に行きましょう?」

「ああ!」


 レンドールとアネットもパレードを観に駆けてゆく。彼の奥底に封じた言葉をかき消すように。


『殺さないと。こんなけがれた奴らに彼女を汚されてたまるか!殺してやる。この場にいる奴ら、全員!』


(過去は変わらないんだ。だから今を守るんだ)


 サーカスのパレードの喧騒はアストリアの夜にいつまでも夢を見せていた。

 レンドールの想いはだが喧騒にかき消されることなく、灯火として照らし続ける。

 彼がそれまで、生きた証として。


 過去は繰り返すとはどういう意味なのか。

 彼らに一体、何が起きたのか。

 その歴史は伝説の剣豪の血を継ぐこの男から語られるのはいつか?

 レンドールにもわからないまま時間は確実に未来へと刻んでいくのであった。

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